12、神様の怒り

 三が日を過ぎて初詣にくる人たちが落ち着き、アルバイトの巫女さんたちも契約期間が終わって来なくなった。神路神社にまたいつも通り静かな日常が戻った。

 そんなある日の午後、ちょうど社務所で一緒に休憩していたときに隆幸さんの携帯が鳴った。部屋を出て何か話していた隆幸さんが血相を変えて駆け込んできたのは俺が新しい茶をいれようした時だった。

「冬馬くん!和樹くんがいなくなったって!」

「は?」

「おばあさんから電話で、和樹くんがこっちに来てないかって。午前中に公園に行くっていったきりお昼になっても帰ってこないんだって!」

焦ったように言う隆幸さんの言葉に俺は嫌な予感がした。

「まさか、母親が連れてったとかじゃないですよね?」

「ぼくもそう思って、おばあさんには警察に事情を話して母親のほうを探してもらうことにしたよ」

「俺、この辺探してみます」

上着を引っ付かんで部屋を出る俺の背に隆幸さんが「何かあったら連絡するから!」と叫んでいた。


 俺は神社の周りを探したが和樹は見つからなかった。神様に聞いてみたが、神社の敷地内にはいないし、敷地内のことしか基本的にわからないと言われた。

 神社の周りを何周かしたが見つからず、一度神社に帰ろうとしたとき、俺の携帯が鳴った。それは隆幸さんからで、和樹が重傷で病院に運ばれたと伝える電話だった。


 俺はそのまま和樹が運ばれた病院に向かった。病院は神社から走っていける距離だった。つまり、和樹はおばあさんの家がある隣町にはいなかった。母親と住んでいた家があるこの町にいたのだ。

 病院に駆け込んで受付で事情を話すと家族以外には病室を教えられないと言われた。

「一ノ瀬?」

どうしようかと思っていると後ろから声をかけられた。振り向くと、そこにいたのは和樹を保護したときに病院にきた警官だった。

「何を騒いでるんだ?」

「和樹が運ばれたって聞いて」

「お前のとこにも連絡があったのか」

「いなくなったっておばあさんから。神社周り探してたら隆幸さんから連絡あって。隆幸さんは神社空けれないし」

俺がそう言うと警官はため息をついて「ついてこい」と言った。

「今から和樹くんの病室に行くんだよ」

「いいんすか?」

「お前も宮司さんも容態が気になるだろ?」

「ありがとうございます!」

警官の言葉に俺は礼を言ってあとをついていった。

「お前、どこまで知ってる?」

「…母親が、和樹を連れ戻そうとしてたのは知ってます。だから、今回も母親絡みかと思って」

「当たりだ。母親が無理やり自宅に連れ戻したらしい。ただ、和樹くんが逃げ出そうとしたから逆上して殴る蹴るの暴力を振るったようだ。子どもの叫び声に気づいた近所の人の通報で発覚した。母親は通報された直後に車で逃走した」

警官は言いながらしかめっ面をしていた。俺も眉間に皺がよる。そこまでして取り戻したかった和樹に重傷になるまで暴力を振るう。俺には理解できなかった。


 病室に行くと和樹はベッドで眠っていた。頭には包帯、頬にも大きなガーゼ。おばあさんが握っている手にも包帯が巻かれていた。

「っ!」

あまりの様子に言葉を失う。と同時に言い様のない怒りが渦巻いた。自分で産んだ子どもにこんなに暴力を振るう母親に対してはもちろん、もっと気に掛けていればと自分にも腹が立った。


 ざわり


 突如、病室の空気が揺らめく。ハッとして天井を見ると、いるはずのない神様がそこにいた。いつもははっきり見える姿が透けて見える。いつもにこにこ笑っている神様が今はとても恐ろしい鬼のような顔をしていた。

『我を見ることができる稀有な子。我が愛し子にこのような仕打ちをするとは』

『神様!』

和樹を傷つけられて怒りを隠そうともしない神様に俺は咄嗟に心の中で声をかけた。母親を許せない気持ちはわかる。だが、母親が死んでも和樹は喜ばない。俺がそう伝えると神様は悔しそうに顔を歪めた。

『口惜しや。わかっている。殺しはせぬ。だが、罰は与えねばならん』

そう言って神様が姿を消す。俺にはそれ以上できることはなかった。


 和樹の怪我は酷いものの、幸い命に別状なく、後遺症も残らないだろうとのことだった。だがしばらくは入院が必要になるというので、俺はまた見舞いにくると言って病院を出た。

 神社に帰って隆幸さんに和樹が怪我をした経緯と容態を話す。隆幸さんは険しい顔をして聞いていた。

「冬馬くん、神様は?」

「…病室に、きました。すごく怒ってた。母親に罰を与えるって」

「そうか。和樹くんも見えるようだったから、神様のお気に入りだろうとは思っていたけど、母親には神罰が下るだろうね」

「一応、殺さないとは言ってました」

俺が言うと隆幸さんは「そっか」と言って苦笑した。

「神は恩恵も与えてくれるけれど、祟ることもある存在だ。和樹くんも冬馬くんも神様に気に入られた存在。お気に入りを傷つけられれば怒るのは当たり前だけど、神様の与える罰は生易しくはないよ。だから人間はいつの時代も神の怒りを買わぬよう気を付けたし、もし怒りを買ってしまったらなんとかして怒りを鎮めてもらおうとしたんだ。それこそ生け贄を捧げたり、新しい社を建てたりしてね」

「怖い、ですね」

「そう。神とは怖い、畏れるべき存在なんだよ」

隆幸さんの言葉に俺は無言でうなずいた。

 翌日、新聞に自分の子どもを誘拐して暴力を振るった母親が警察から逃げる途中で自動車事故を起こし両足切断、内臓破裂、脳挫傷で重体との記事が載った。

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