コズミック・ボーン・キラーズ

モモンガ・アイリス

「家鴨の避難所」にて。




 広い、あまりにも広い草原の中に、ぽつんと牧場があった。

 なだらかな平原には木製の柵が延々と立ち並んでおり、牧場と平原を区切っている。柵の内側には牛が数百頭単位で生息しているが、敷地が広すぎるせいで押し込められている感じはしない。

 ときおり草を食む牛たちが空を仰いで鳴いている。

 そんな中に、少女が一人、立っている。

 白い少女だ。

 肌が白く、髪が白く、飾り気のないワンピースも同じく白い。年の頃は十代の前半に見える。この世のあらゆる場面から浮き上がりそうな白の中、瞳だけ薄暗い。

 白の中に薄灰色がふたつ。

 瞳が映しているのは、のんびりと動く牛たちだ。

 興味があるのかないのか、少女は牛たちと同じくらいゆっくりと草原を歩きながら、そよぐ風に白い髪をなびかせていた。

 ひどく穏やかな昼下がりだった。



◇◇◇



「人間には約二百六本の骨がある」

 コツコツとテーブルの表面を叩きながら、男が言った。

 分厚い板材を使った丸テーブルだ。配置された椅子は四つ、使われているのはふたつ。照明は薄暗く、周囲には同じテーブルがあり、カウンターにはスツールが九脚並んでいる。客はわずか四人しかおらず、カウンターの奥に立っている店主を足しても五人しかいない。

 コツコツとテーブルを叩く男は、カウボーイだ。

 無論、この時代にカウボーイなど存在しない。しかし男の服装はそうとしか言い様のないものだった。革のダスターコートにウェスタンシャツ、ウェスタンブーツ、そして頭には当然のようにカウボーイハット。

 背はそれほど高くないが、体格が良い。衣服の内側にある筋肉と、それがもたらすものを容易に連想させる――そういう男だった。

「そのうち肋骨の数は十二本が一対で、二十四本だ。稀に多いやつとか少ないやつがいるらしいが、そこはまあいい」

 コツコツと音を立てているのは、男が握っている白いモノ。

「『肋骨』が問題だ。そうだろ、葬儀屋?」

 問いに、テーブルの反対でグラスを傾けていた男は小さく眉を上げた。

 確かに――というべきか――こちらの男は全身が上から下まで黒かった。黒のスーツに黒のシャツ、ネクタイまで黒い。

「知らないのか、ここは牛肉が食えるんだぜ。骨付きのやつもな」

 そうだろ、マスター――と、黒が言う。

 カウンターの奥に控えていた店主は無言で首肯を返す。

 カウボーイは鬱陶しそうに手を振った。

「ダイニングバーってやつか。ウェスタンドアも良い趣味してるぜ。だが飯は後でいい。とりあえず、きついやつをくれ」

「ウイスキーがおすすめだぜ。裏の牧場で採れたミルクに混ぜるのが絶品だ」

「ひでぇ飲み方しやがる。おいマスター。ストレートだ」

「セルフだぜ。今はウェイトレスがいねぇ」

「見りゃ判るさ」

 言ってカウボーイは立ち上がり、店主がカウンターにロックグラスを置く。カウボーイがそれを持ち上げ、テーブルに戻って液体を口に含んだ。

 黒の方もグラスを傾け、ミルク混じりのアルコールを胃に落とす。

「――『神の子供達』がいた」

 コツリ、と。

 またカウボーイがテーブルを叩く。

「十二人だ。こいつらの『肋骨』が特別でな、知る人ぞ知るってやつだ。人間の肋骨は二十四本、十二人分で二百八十八本、そのうち四人分が失われてる。これで百九十二本。そのうち百二十本は消費されてるらしい。残りは七十二本」

 コツコツ――と。

 テーブルが叩かれる。

 白く硬い、骨で。

「ここにひとつ。残りは七十一本。そのうち最低ひとつをおまえが持ってる――そうだろ、葬儀屋?」



◇◇◇



 惑星コベイン。

 第二十四フロンティア星系の端に位置する惑星である。資源があり、人が住める環境があり、地球と同じほどの重力がある。宇宙開拓時代の初期ならば人類が歓喜していたであろう惑星も、今となっては単なる「辺境の惑星」だ。

 入植はあり、軌道エレベータも備えてはいるが、星の大きさに比べれば人口はあまりにも少ない。

「本当になにもない場所ねぇ……」

 コベインの宇宙港に個人用宇宙船プライベート・シップを停泊させたマヌエラ・フェリカは、空と大地をぐるりと眺めてから溜息を漏らした。

 長い金髪に、すらりと伸びた手足、はっきりとした凹凸。宇宙港の作業員が彼女に目を奪われていたが、マヌエラはそのことを気にしない。

 飛行艇をレンタルし、ナビに『ダックスヘイブンあひるの避難所』と入力する。表示された地図の光点は間違いではと思えるほど周囲になにもない。

「いいですか、ミス・フェリカ。この惑星で宇宙連邦の公権力は機能しません。法律はありますが、法を守らせる権力の手が足りないのです。あなたのような女性一人で宇宙港の外に出るのは、非常におすすめできません」

 職員が眉を寄せながらそんなことを言うが、マヌエラは忠告を無視して飛行艇を発進させた。卵型の乗り物は音速の二倍ほどの速度で空を進んでくれる。

 目的地までは、それほどかからなかった。

 途中の景色があまりにも無変化でやや心配になっていたが、人工物と牧場らしき敷地が見えたときには思わず安堵の息を漏らしたものだ。

 設定された着陸地点には、すでにいくつかの飛行艇が停泊していた。空いているスペースに着陸したところでマヌエラは自前の端末を取り出し、地図を表示させる。飛行艇を降り、ダイニングバー『ダックスヘイブン』を通り過ぎ、木の柵を乗り越えて牧場の敷地内へ。のんびりと草を食む牛たちは、長い金髪を揺らして歩くマヌエラを前にしても動じない。あまりにも呑気だ。

 気になったのは獣臭……というより、彼らの糞の臭いだ。空の上での完璧な衛生管理ではありえない、自然のニオイ。そういえば合成食料ではなく、屠殺された牛の肉を食べられるのだっけ、とマヌエラはダイニングバーを一瞥する。

 目的の人物はすぐに見つかった。

 なにしろ彼女は圧倒的に白い。

「――久しぶりね、シノ」

 声をかけたマヌエラに、白い少女は胡乱な視線を向け、口を開く。しかし言葉は紡がれず、あぅ、というような意味を持たない声が漏れるのみだ。

 嬉しそうな顔も、迷惑そうな顔も、困ったような顔もしない。

 ただ、薄灰色の瞳がマヌエラを映している。

「トールのやつは、あっちのダイニングバーかしら。それで、あなたはここで牧場の観察? 確かに今どき珍しいわよね。合成食料の方が一般的だもの」

 とーる、とシノは口を開く。

 返事なのか違うのか、返事だとして肯定なのか否定なのか。

 マヌエラは苦笑を漏らしながら『ダックスヘイブン』を眺める。

 次の瞬間、銃声が響いた。



◇◇◇



 最初に気づいたのはトールだった。

 位置関係の問題だ。対面にカウボーイが座ってニヤついており、その後ろ側に二人組の客がいた。彼らが同時に椅子を弾くような勢いで立ち上がるのがトールには見えて――カウボーイには、見えていなかった。

 銃声はしない。

 原子力に取って代わり、すでに千年単位で使用されているレイ・エネルギーを光弾に変換して撃ち出すのがレイ・ブラスターだ。拳銃サイズから宇宙戦艦の主砲まで、現代の射撃武器といえばほとんどがこれである。

 二人組がブラスターを抜いた瞬間、トールは椅子に座ったまま背中から倒れるようにして丸テーブルを蹴り上げた。

 ほぼ時差なく、数発分の光弾がテーブルの天板を抉った。

 もちろん、その倍以上がカウボーイに注がれている。

 蜂の巣というやつだ。

 本来であれば。

「――やれやれ、お前さん方もか」

 痛苦のかけらも声音に滲ませることなく、カウボーイが言った。

「まあ、そうだよな。俺もそうだ。ネットのとある場所に、暗号文が貼り付けられた。知ってるやつならピンと来るって類いのな。惑星コベインの『ダックスヘイブン』に『肋骨』がある、ってな」

 、と音がする。

 ほぼ時差なく、『散弾』がぶち撒けられた。

 ちらりとテーブルの影から確認してみれば、カウボーイが手にしているのは、ソードオフショットガン……のような造形のレイ・ブラスターだ。

 結果は見るまでもない。

 蜂の巣というやつだ。



◇◇◇



 ブラスターの光弾を防ぐには、同じレイ・エネルギーを利用した防護フィールドを形成するのが一般的だ。もちろんマシンガンのような連射や、戦艦の主砲のように強力な射撃は防ぎきれない。そのあたりは、単純な足し引き算の問題だ。

 二人組が『散弾』で穴だらけになったのは、安物の防護フィールドを利用していたか、そもそも持っていなかったか――。

 なにしろ値の張る代物だ。実際、トールだって携行型の防護フィールド形成装置など持っていない。

 テーブルの影から飛び出して、トールは次のテーブルを蹴り転がして遮蔽物を作りつつ、カウボーイから距離を取った。

 ついでに左脇のホルスターから自動拳銃を取り出し、テーブルの影から身は出さないまま、いいかげんに数発撃ち込んでおく。

 火薬の破裂音。

 宙を踊った空薬莢が床に落ちる。

 古臭い鉛玉は、当然のように弾かれた。

「おいおいおい!」やけに嬉しそうにカウボーイは叫ぶ。「今どき、実弾とはたまげたな。ゴキゲンじゃねぇか!」

 音のない発射。

 ばら撒かれる『散弾』が頑丈なテーブルを抉る。貫通しないのは天板が分厚いせいもあるだろうが、エネルギーパックの出力制限もある。

 、と。

 排莢もしないくせにポンプレバーが引かれる。

 ポンプアクション式なのは、セーフティなのだろう。一発撃つたびに負荷が大きいのだ。空薬莢の代わりに、銃にこもった熱が排出される。

「一応、訊いておくぜカウボーイ。『肋骨』なんて集めてどうすんだ?」

 蹴り転がした次のテーブルに隠れながらトールは言う。

「物事には需要と供給ってもんがある」

 言いながら、『散弾』が発射される。

 テーブルの天板が抉れて弾けた。

 そしてまたポンプレバーが引かれ、がしゃこんっ、と音が響く。

「ブツを欲しがってるやつがいて、欲しがってるブツは手に入りにくい。じゃあどうする。欲しがってるやつが、ブツを手に入れるには?」

「下請け業者を雇う」

「そういうこった。持ってんだろ、『肋骨』」

 盾にしていたテーブルが吹き飛んだ。

 おそらく『散弾』の広がり方を調整したのだろう。

 チョークを絞る、というやつだ。

 トールは舌打ちを漏らしつつ立ち上がり、弾倉に残っていた分の弾丸をカウボーイに撃ち込んだ。弾丸が防がれるたび、展開された防護フィールドが発光してチカチカと瞬くのが、なんだか可笑しかった。

「最近の自動拳銃はたっぷり弾が入ってんだな。三十発くらい撃っただろ。もちろん無駄だがな。出し惜しみしてんなら、マジで穴だらけにしてやんぞ」

「最近っていっても、二十年以上前の銃だけどな。自動拳銃『ガイスト』。西暦の時代からは火薬技術も進化して、薬莢の小型化に成功してる。クアッドカラムマガジンで、なんとこのサイズで三十六発も入る」

 言いながら空弾倉をリリースし、予備の弾倉を差し込んだ。スライドを引き、薬室に初弾を装填し、銃口をカウボーイへにポイントする。

 もちろんトールの方にはショットガンの銃口が向けられている。

 沈黙が――たぶん、三秒ほど。

 四秒後、ふたつの銃口は『ダックスヘイブン』の入口へ向けられた。



◇◇◇



 マヌエラは白い少女シノの手を取り、牧場を奥へと進んでいた。

 最初に銃声が響いてから、どれくらい経ったか。せいぜい二分かそこらだろう。その間に響いた銃声は三十六回。自動拳銃『ガイスト』の装弾と同じ数だ。今どき実弾を発砲する武器など、あの黒いスーツの男ぐらいしか使わない。

 牧場は広く、ダイニングバー以外の建物は、奥側にふたつだけ。飛行艇から見えた範囲では、周囲に他の建築物はなかった。

 見えているひとつは、おそらく機械化されている農業の、機械を維持管理するための施設。もうひとつは、従業員が暮らしているであろう家だ。

 とーる、とシノが『ダックスヘイブン』を振り返って呟くが、表情には心配だとか焦りだとか、そういうものが一切ない。

 つられてマヌエラも振り返ったところで――新手に気づく。

 飛行艇が四隻、着陸しようとしていた。

「……思ったよりも釣れたじゃない、トール」

 唇の端をきゅっと持ち上げ、マヌエラは呟いた。



◇◇◇



 ウェスタンドアが開かれた瞬間、カウボーイが吐き出した『散弾』が闖入者の腹に吸い込まれ、そいつはドアと反対方向に吹き飛ばされた。

 どぅ、という人体が地面に投げ出される音と、そいつの仲間が漏らすざわめき。

 仲間だと判ったのは、彼らが似たような服装をしているから。

「ハロウィンの時期には早いと思うぜ。なぁ、カウボーイ?」

「一緒にするな。あんなヤバそうなのと」

 苦い顔でポンプレバーを引きながら、さらに入店してきたそいつらをカウボーイは睨みつけた。

 濃紺の頭巾に、濃紺のローブ。なんというか……これから怪しげな宗教的儀式に臨みそうな、そういう雰囲気の連中だった。

 全部で五――倒れているのを含めれば、六人。

 そのうち一人だけ、衣服が違う。

 神父服、とでも言うべきか。前を開いた裾の長い外套は濃紺。下に着込んでいるのはやはり濃紺の礼服。頭巾たちとはまるで異なるのに、雰囲気だけは似通っている。

「やあやあ、宴もタケナワといったところですカ。少し遅れてしまったようで申し訳なイ。私の名はヘンリー・リー・ルークスと――」

 科白の途中で、頭巾がふたつ吹き飛んだ。

 カウボーイのショットガン、そしてトールの自動拳銃が頭部を撃ち抜いたのだ。そのままトールは銃口を動かして数発撃ち込んだが、ヘンリーを含む三人には通じなかった。防護フィールドで弾かれたのだ。

「せっかくなら全員ちゃんと装備して来いよ。可哀想だろ」

「値が張りますのでネ。後で葬式を挙げましょウ。『肋骨』を回収した後デ」

 雑に煽るトールだったが、ヘンリーは気にしたふうもない。

「『杭打ち神父パイル・ドライヴァー』のヘンリー・ルークスかよ……」

 構えていたショットガンを腰の後ろに収めながら、カウボーイが渋面をつくる。

「なんだそりゃ。吸血鬼退治でもしてんのか?」

「殺した相手の心臓に杭を打ち込むのが趣味の変態だよ。『神の子供たち』に由来する頭のおかしい宗教にどっぷり浸かってるって話だ」

「はぁん……なるほどね」

 一人が腹をぶち抜かれ、さらに一人は頭を弾かれ、もう一人は額に穴が空いているというのに、残った頭巾たちは無言を維持している。

 逃げ出すのでも、震え上がるのでも、好戦的に吠えるでもなく。

 ただ、黙ってそこにいる。

 まともな神経の持ち主では、あまりなさそうだった。

「失礼ですねェ。アナタたちも『肋骨』を持っているでしょウ? その特性を知らないとは言わせませン。レイ・エネルギーの無効化――その意味が判りませんカ?」

 人類が化石燃料を有効化し、原子力をおっかなびっくり利用したその先にあるのが励起機構を利用したレイ・エネルギーだ。宇宙船も、大気圏内の飛行艇も、家庭の電力も、およそあらゆる生活の全てに関わっているエネルギー。

「『神の子供たち』の遺骨がモタラスものは、一方的な否定でス。人々の生活を、生存を、こちらの意思で否定すル。これゾ、まさしく――」


 ――でしょウ?


 微笑する神父の表情は、意外なことに割と普通だった。親戚の子供に掛け算のやり方を教えているような、友人に宇宙旅行チケットを割安で購入する方法を説明しているような、親切さすら感じる笑み。

「悪いが、オレぁ神より金が好きなんでね」

 にやりと笑って吐き捨てたカウボーイは、いつの間にか取り出した『肋骨』を見せつけるようにした。

 手の中のそれが、またたく間に変形していく。膨れ上がり、伸び、と引き絞られ……手の中に収まっていたはずのそれが、長柄の『断頭斧ギロチン・アックス』へ。

 踏み込み、振りかぶり、横に――。

 頭巾の首から上がふたつ、床に転がった。



◇◇◇



 レイ・エネルギーによる防護フィールドを突破する方法は、端的に言えば形成された防護フィールドより大きなエネルギーをぶつけることだ。窓ガラスに石を投げつけるのと、理屈はそう変わらない。

 例外は『肋骨』。

 神父の言葉の通り、『神の子供たち』の遺体から取り出された『肋骨』は、レイ・エネルギーを無効化する。石をぶつけるのではなく、触れるとガラスが消え去るナニカ。持ち主の手に馴染むよう変形し、武器化する遺骨。

 防護フィールドなど無視して、『断頭斧』は二人分の首を薙ぎ払った。ひどく鮮やかで、かなり手慣れた動作だった。

 ごとんっ、と重量を感じさせる音を立てて床に転がった生首に、しかしその場の誰も注目しない。

 トールは右脇のホルスターに手を突っ込んでいたし、カウボーイは『断頭斧』を再び振り上げ、ヘンリー神父へ一歩踏み込んでいた。

 ごう、と一閃。

 地が揺れるほどの衝撃は、しかし店の床を抉っただけ。斧の一撃をなめらかな体捌きで横に避けたヘンリー神父は、ゆるりとカウボーイの胸に手を当てる。

 次の瞬間、カウボーイの身体が吹っ飛んでいた。

 強打者スラッガーが打ち返したピッチャーライナーめいた速度で、成人男性が地面と平行にぶっ飛んで……一秒もかからずカウンターに激突して派手な音を立てる。

 そして、もう動かない。

 手の中にあった『断頭斧』は、あっという間に形を失い、元の骨片に。胸には杭でも打たれたような大穴が。

「奪い慣れていル。そういう印象を受けましタ。『肋骨武器』はレイ・エネルギーを無効化しまス。ブラスターでの射撃であってモ、防護フィールドであってモ。慣れていない相手であれば、首を狩ることも容易かったデしょウ」

 自分は違う、とヘンリー神父は言う。

「『肋骨』を持ってる同士だと近接戦闘になる。だから特別に訓練してる。ヘンリー神父はカンフー神父ってわけか」

「寸勁といいまス。はるか昔の地球で編み出された武術でス」

「古い映画で観たことがあるよ」

 言って、トールは左手を脇のホルスターへ添えたまま、右手の自動拳銃を神父へ向ける。当然ながら神父は動じない。実弾兵器は防護フィールドが、そしてレイ・ブラスターでの射撃は『肋骨』が防ぐからだ。

 ゆらり――と。

 緩慢に見える動きで神父は構え直す。カウボーイの胸を抉った手をトールへ突き出すようにし、やや腰を落として後屈気味に。野生動物が獲物を前に身を沈めるのに似た、殺意を孕む静止だ。

「ひとつ、訊く。『肋骨』を集めてどうする? 神の御業とやらを操りたいってんなら、手持ちの『肋骨』を調べりゃいいだろ」

「それをしていなイとでも思いますカ? それに、我々が欲するのは『神』でス。『神の器』に『神の子供たち』の遺骨を捧げることで、器を満たす」

「天罰は神様が、ってことか」

「代行は承っておりませんのでネ」

 へっ、と吐き捨てるトールに、神父は酷薄な笑みを返す。肉食獣が笑うとしたらこんなふうだろう、そう思わせる笑み。

 そして無言。

 西部劇であれば風が吹き、タンブルウィードが転がっていただろうが、『ダックスヘイブン』には、ただの無音と数人分の死体しかなかった。


 一秒が五倍にも十倍にも引き伸ばされ――、

 伸ばしすぎて、千切れた。


 神父が一歩踏み込む。

 トールは右手の『ガイスト』を撃たない。それどころか、手から力を抜いてその場に取りこぼす。銃が床に落ちるよりも、神父の攻撃の方が速かった。

 突き出されたままの手、神父服の裾から。

 ――『パイル』が。

 高速で飛来する『杭』がトールの胸を穿つよりも、横っ飛びに床を蹴りながら左手で回転式拳銃リボルバーを取り出してトリガーを引くほうが、わずかに速い。

 シリンダーの先に長い箱を取り付けただけ、そんな形の無骨な銃。装弾数三十六発の自動拳銃『ガイスト』の方がまだ実用的だろう。なにしろこちらのリボルバーには六発しか装填できない。

 そもそもトールはカンフーだの寸勁だのを信じていなかった。ただの体術で人間がピッチャーライナーみたいにぶっ飛んでいくわけがない。まして胸に穴が空くなんてありえない。まして――そう、『杭打ち神父』だ。

 どうして死体に杭を打つ? 死体に穴が空くからだ。『肋骨』所有者を殺すには『肋骨武器』が必要で、その武器を使った結果、死体に穴が開く。死体に杭を打ち込むのは、苦し紛れの偽装カモフラージュだ。

 ヘンリー神父の顔には笑みが張り付いていた。

 理由は簡単。『肋骨』の所有者が争うときは近接戦闘になる。カウボーイは断頭斧、ヘンリー神父はやや変則的だが『射出する杭』。それぞれ『肋骨』を変形させて使っている。実弾は防護フィールドが、レイ・ブラスターは『肋骨』が、それぞれ無効化する。『肋骨武器』でしか相手を殺せない。

 そしてリボルバーは、『肋骨武器』ではない。

 どうっ、とトールの身体が床に触れる。横っ飛びに跳んでいたのだから当然だ。ヘンリー神父は顔に笑みを貼り付けたまま、二秒ほどその場から動かず、同じ顔をしたまま三秒後に倒れ込んだ。

 撃ち出された銃弾は、神父の額に風穴を開けていた。

「砕いた『肋骨』を弾頭に練り込んである。神の御業じゃなくたって、人殺しなんか誰にだってできるんだぜ」



◇◇◇



「あらあら、死屍累々じゃない。情操教育にはよろしくないわね」

 トールが死体から『肋骨』を回収しているところに、白い少女シノの手を引いて現れたのは、マヌエラ・フィリカだった。

「よう、宇宙連邦捜査官様」

 雑に肩をすくめるトールに、マヌエラは嘆息を返した。それから店内をぐるりと眺め回し、ふたつ分の死体に目をやってから今度は溜息を吐いた。

「『断頭斧』のバガンに、『杭打ち神父』のヘンリー・ルーカスじゃない。どっちもいい値段の賞金首よ。特にそっちの神父は」

「ぱっと見て判るのか」

「そりゃあ、優秀なエージェントで通ってるもの」

「年の功だろ」

 マヌエラが遺伝子操作と整形で二十代の容姿を保っているのを、トールは知っている。そもそもトールの父親の友人なのだ、彼女は。

 かつて『神の子供たち』として産み落とされ、逃げ出して、子を授かり、下請け業者に殺されたトールの父。遺体の『肋骨』を確保したのは、マヌエラだった。

 向けられる鋭い視線を無視していると、シノが「とーる、とーる」と名を呼びながら近づいて来る。トールを見上げる薄灰色の瞳に感情は伺えないが、彼女がなにを言いたいのかは、判った。

 もう何度も繰り返しているからだ。

「ほらよ」

 言って、手の中の『肋骨』をふたつ、シノの口に放り込む。

 それをと噛み砕き、飲み込んで――ほんのわずかに身長が伸びる。

 けれどもやはり表情はなく、感情も伺えない。

 そもそもないのかも知れない。

「終わりましたか? いやはや、思ったよりも小規模で助かりましたよ。掃除はそれなりに大変でしょうがね」

 と、銃撃戦が始まった瞬間には裏へ引っ込んでいた店主が現れ、店内の死体へ視線をやってから苦笑いを漏らした。

「金は払ってるし、了承済みだろ。ここに馬鹿共を誘き寄せる。ドンパチを始める。支払いは前金。そんで明日からはウェイトレスとしばらく宇宙旅行だ。牛の世話は機械がやってくれる。メンテナンスする頃に戻って来ればいい」

「ええ、もちろん」

 ごく普通に頷き、マスターはカウンターテーブルを指先で撫でた。

「ところで、なにか注文はありますか? 食事でも、飲物でも。辛うじてテーブルが一卓生き残っているようですし、どうぞおかけください。近くの死体は自分でどけていただくことになりますが」

 少し考えてから、トールは答えた。

「じゃあ、リブロースで」






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