第20話 身体目当てにしか思えません
「君がどこまで話を聞いたのか解らないけれど、私がこの辺境に飛ばされるきっかけになった出来事だって、それほど……最後までやったわけじゃないんだよ」
「ちょ、待って、待ってください」
俺は必死に彼女の腕を押しやろうとしているんだけれど。
何だこれ、いきなりどうなった!?
俺が呆然としている間に彼女は俺の身体を抱え上げ、ベッドの上に放り投げられる。そして、何が何だか解らないうちに上に乗られた。女性ではあるけれど、さすが警備団の団長なだけあって身体はしっかり鍛えているらしく、腕力も脚力も凄いと思う。
脚力。
俺の腹の上に乗って、逃がさないように押さえつける脚力という意味で。
さらに、俺の手首を掴んで抑え込まれる。
どこからどう見ても、襲われる直前の少女です。
どうしてこうなった!?
「私たちは愛し合っていたわけじゃない。私だって自分の立場は解っているし、彼女だってそうだ。彼女にとって私は『逃げ場』なんだ。困った時に頼りになるだけの存在」
「待って、脱がせようとしてますよね!?」
逃げられないと思って身体から力を抜いた瞬間に、彼女は俺の手を解放してその代わりに俺の胸元に手を伸ばしてきている。
俺は寝る前だったので夜着姿だったが、あまり女性らしい格好には抵抗があったので、薄いシャツとズボン。その、緩い感じのシャツのボタンを確実に外してこようとするジャスティーンは、美形で色気を感じさせる表情をしていたけれど、俺にとっては『ケダモノ』に見えた。
「待って、落ち着きましょう、ちょっと待って!」
「今回だってそうだよ。彼女は君に敵意を向けているように思えるけれど、それも相談相手である私がいなくなることに対する不安だろう。だから、何とか私は彼女を言いくるめて、できるだけ早く王都に帰すから。だから、誤解しないで欲しい」
「いや、誤解とかじゃなくてですね!」
気が付いたらすっかりシャツの前がはだけているこの現状を先に何とかすべきでは!
ジャスティーンの冷えた手のひらが、そっと俺のシャツと脇腹の合間に滑り込んできて悲鳴を上げそうになる。っていうか、おかしくないか? 何で俺、こんなことになってるんだ!
「自分でもよく解らないが、君には誤解されたくないんだ」
暴れる俺の上で、少しだけ眉根を寄せて切なげに言う彼女は――いやいやいや、ほだされてる場合じゃない!
「誤解じゃなくて、実際に彼女と……えーと……やったというか」
俺が曖昧に言うと、彼女はさらに苦しそうに息を吐いてその手の動きをとめた。ありがとう、ちょっとくすぐったかったというかぞわぞわしてた。もう勘弁して欲しい。
「いや、だから本当に最後まではしてないんだよ」
ジャスティーンはいきなり、身体を少しずらして俺の上に倒れこんできた。俺より身長の高い彼女に抱き込まれるような形になって、やっぱり逃げられない俺。そろそろ絶望しそう。
「ってことは、途中まではやった、と」
「う……ん、まあね」
彼女の顔は俺の左頬に寄せられている。その唇が俺の耳が近いせいで、余計にそのハスキーな声が響いて変な気分になる。
「だって、君だって実際に目の前にしたら揺らぐんじゃないかな? あんな美少女が、泣きながら縋りついてくるんだから。そりゃ、慰めたいって思うよね?」
「いや、俺の場合は女性が苦手だし……」
「……私のことは苦手かな?」
一瞬の間を置いて、妙に緊張した声で続けるものだから俺も返答に困る。
いっそのこと、苦手だと言ってしまえば彼女は引いてくれるんじゃないか。こちらが厭だとはっきり言えば、諦めてくれそうな予感がする。
だけど。
「……苦手じゃないかも……しれないですけど」
曖昧に返してしまう。俺はある意味、卑怯かもしれない。
相手は俺の上司で、よくしてもらっている。だから、拒否してお互いの間に距離ができたら今後の任務で差支えとか出るんじゃないかとか、色々なことが頭の中を渦巻く。多分、彼女もそれに気づいているのかもしれないけど、嬉しそうに小さく笑ってくれた。
「じゃあ、少しずつ慣れさせていこう」
「は?」
そこで、大人しくなっていた彼女の手がまた怪しい動きをし始めた。
「君が男性に戻ってしまったらできないことを、少しずつ進めていこうじゃないか」
「はあ?」
彼女の手が俺の背中の方に滑り込んできた。一応夜着の上からだから、じかに触れられているわけじゃない。でも、背骨の辺りを指先でなぞられて俺の身体が強張ってしまう。
ヤバい、そこはヤバい。
っていうか、もう片方の手が俺のむき出しになった腹の上に置かれて。
俺は言葉選びを間違ったのを知ったのだ。
「待ってください、こういうのは恋人同士がやることですよね!?」
俺が必死にそう首を振っているというのに、彼女は目を細めて笑うだけだ。
「君は女性経験ある?」
ジャスティーンがそこで顔を上げ、俺の顔のすぐ近くで訊いてくる。
全然俺の話、聞いてない!
「もちろん、当然だけど男性経験もないだろうね。正直なところ、私が警戒しているのはデクスターかな。放っておいたら、彼は遊びと称して君に手を出しそうだし」
「いやいやいや、ないですないです」
「油断していたら処女を失うよ? 君はもう少し警戒心を持った方がいい」
「俺、秘術が使えますから! 男に襲われそうになったらぶっ飛ばしますから大丈夫!」
「君は今、女性の身体だということに自覚が薄いんだろうね」
と、そこで彼女はベッドの上に広がった俺の髪の毛をひと房、その指に絡めた。「こうして見下ろしていると思うんだけど……髪の毛が乱れているのって、もの凄く興奮する光景だって知ってた?」
知らないです!
「いや、でも、ほら!」
俺は彼女の色気のある顔を見上げながら、混乱する頭で変なことを言ってしまった。「団長は女性なわけだし、そうか、最後までやれなかったってそういうことか! 今は俺たち女性同士なんだし、こういうのって不毛ですよね? せ、性交渉っていうか、そういうのできないっていうか!」
「ああ、挿入がないからね」
挿入って言ったー!
「でも、それはそれで別の快楽があるんだよ」
「ええっ!?」
「もちろん、君がそれじゃ物足りないって言うなら、考える」
「何を!?」
「君は秘術が使えると言ったが、私は魔術師なわけだし」
「変なことに魔術を使うつもりかー!」
そして俺が暴れるたびに、ちょっと真剣な顔で『普通の』ことを言うのもやめて欲しい。
「君に対しては遊びにするつもりはないし、真面目に向き合っていきたいんだ」
とか言うけど。
「身体目当てにしか思えません」
「じゃあ、挿入は我慢する」
「いや、それ以外も我慢してください! っていうか、できないんじゃなかったのか!?」
「キスしていいかな?」
「駄目です!」
そんなことを言い合っていると、さすがに薄い壁の宿舎だったから誰かに気づかれたんだと思う。廊下の向こう側で足音が響いて、乱暴にドアが開けられた。
思わず、俺は誰でもいいから助けて欲しい、と手を伸ばしたけれど。
「ジャス、何をしているのかしら?」
こめかみをぴくぴくさせながら、引きつった微笑みを浮かべているエメライン王女殿下がそこにいて、俺の喉が引きつった。
彼女はもの凄く可愛い夜着を身に着けていて、ぱっと見は妖精か何かと思えるほど可憐だ。しかし、怒りに満ちた目で俺を睨んで言葉を続けると、その可憐さもどこかに消え失せる。
「あなたの部屋に行ったのよ。一緒に眠れたらと思って。それなのにあなたはいないし、探したらこんな子の部屋にいるし。それで、何をしてるの?」
「口説いてる」
「そんなこと聞いてないし!」
涙目で叫ぶ王女様、そして起き出してきた侍女たち、召使たちが廊下を駆けつけてくる。
「ごめん、エーメ。昨日も君に言ったと思うけど、今の私の本命は彼女だから。どうしても逃がしたくなくて焦ってるんだ。君との時間を多く割くと、彼女との時間が減ってしまう。それが厭でね?」
と、ジャスティーンが俺に馬乗りになった状態で申し訳なさそうに言う。でもどう考えても、火に油を注いでいるような台詞。
「わたし、認めないから! ジャスはわたしのものなんだから! 絶対に認めない!」
そう言って、泣きながら踵を返して走って行ってしまった王女殿下。そして、慌ててその後を追う侍女たち。
「じゃあ、続きをしようか」
ドアが全開になっているというのに、ジャスティーンは気にした様子もなく俺の顎に手をかけようとしてきて、ヤバい、マジで犯されると思った。
ダイアナには命の危険、ジャスティーンには貞操の危険を感じさせられる。
俺は呪われた星の元に生まれたのかと泣きたかった。
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