辺境警備をしながらのんびり暮らしたかった俺の苦難

こま猫

第1話 左遷じゃなくて志願

「新しくこちらに配属となりました、デクスター・サウザンドと申します」

 背筋を伸ばした状態で手を背中側で組み、胸を張ってそう言ったのは俺の横にいる二十歳前後の男性だ。

 柔らかな栗色の髪と端正な横顔。いかにも女性にモテそうな優し気な雰囲気を持つ彼は、俺よりも何歳か年上だろう。

「デクスター・サウザンドね」

 つまらなさそうに鼻を鳴らしつつ応えたのは、これから俺たちの上司となるであろう魔術師のジャスティーン・オルコット。美しい銀色の髪を首の後ろでまとめ、その耳元には赤いピアスが輝いていた。

 それ以前に目を引くのは、見る者を魅了するまでの美貌だと思う。しかし、他人を寄せ付けない冷徹な光を放つ青い瞳も印象的で、近寄りがたい雰囲気があった。

 白いシャツに黒いパンツ、金糸の刺繍の入った黒いジャケットを身に着けたジャスティーンは……そのシャツの胸の膨らみさえなければ男性といっても通る風貌をしている。

 そう、紛れもなく彼女は女性だ。いかにも男性的な服装をしていたとしても。

 彼女は机の上に置かれた書類に視線を落としながら、こう訊いた。

「それでデクスター。君は何故、この辺境に飛ばされた?」

「それは……ささやかな問題を起こしまして……」

 俺の横から気まずそうな声が漏れる。


 そう。

 俺たちがいるのは、この王国――カニンガム王国の北方の外れ、辺境の地である。

 この近辺にはいくつかの小さな村が点在しているが、それを呑み込むように広大な森が周りに広がっている。近くにある山は貴重な魔銀石が採掘できる鉱山としても有名だが、気候が安定しないのと魔物が出ることでも知られていて、そこで働けば半数が何らかの理由で死ぬとも言われている過酷な土地だ。

 だが、ここはカニンガム王国にとっては重要な収入源。

 魔物が増えれば人間が暮らせなくなるため、魔術師、騎士たちが常駐して魔物を倒し、平和を維持しているというわけだ。


 だが。

 ここ――辺境警備団のメンバーも問題児ばかりだとして知られている。

 まあ、有能な人間なら王都の王宮魔術師団や王宮騎士団に所属しているのが当然なわけで、危険な任務の多いここにやってくるということは必然的に他の街で問題を起こして左遷させられた奴らばかり、という意味でもあった。


「いや……その」

 デクスターが言い淀んでいるのを見て、ジャスティーンはさらに人を殺しそうなほど鋭い目を向けることで、話の先を促している。

 だからデクスターが少しだけ肩を落とし、諦めたように言った。

「上司の奥さんに手を出しました……」


 ああ、それは駄目だ。

 俺が遠い目をしていると、ジャスティーンはそんな俺も睨みつけた。


「で、君は何をした?」

「はい」

 俺は気を取り直して胸を張り、できるだけ元気よく続けた。「ユージーン・スモールウッドと申します。こちらには志願してまいりました」

「志願?」

 ジャスティーンが驚いたように目を見開いた後、ふとその視線を自分の脇に立っていた人間に向けた。

 そこには、神経質そうな顔立ちの男性がいる。癖っ毛の金髪、眼鏡、不健康そうな肌の白さ、そして痩せ型。彼は持っていた書類を少しずつジャスティーンの手元に並べていた。

 その書類に視線を落としたジャスティーンは、「やっぱり」と頷く。

 どうやらその書類は、新しくここに配属になった俺たち二人に関する身上書みたいなものなのだろう。

「スモールウッドという名は聞いたことがある。王都でも有名な魔女の家系、スモールウッド家の長男だろう、君は」

「はい」

「そんな将来有望とも言える血筋の君が、何故ここに志願した?」

「あの家から逃げるためです」

 俺ははっきりと発音した。「あの魔女の館は恐ろしいところです。命が危ないのは当然ですが、色々と道を踏み外しそうなので遠くに逃げることにしました」


 ジャスティーンとその秘書みたいな男性の視線が俺に縫い留められている。

 まあ、疑問は……解るが。

 できれば詳しい理由は曖昧にしておきたかった。しかし、どうやら隠し通すのは無理そうだな、と思う。


 俺はため息をひとつこぼしてから、こう続けた。

「スモールウッド家が魔女の血筋というのは有名な話ですが、あまり外部には目立たないように生活しているため……その、我が一族が危険な人間ばかりだというのは知られていないように思います」

「危険?」

 ジャスティーンが机に頬杖をついて、目を細めた。

「はい。俺の上には姉が六人います。その六人とも、碌な人間じゃありません」

「ほう?」

「我々魔女の一族には、門外不出というか……禁じられた秘法がたくさんあります。薬の調合一つにしても、まともじゃありません。姉たちは毒草マニアだったり、人体実験好きだったり、一般的な倫理観など母親の腹の中に置いてきたようで、一歩間違えば犯罪だろうが簡単に手に染めます」

「……なるほど」

 ジャスティーンの眉間に皺が寄る。

 彼女の隣に立った男性は相変わらず無表情。

「俺は子供の頃から調合した薬の効き目を確かめるため人体実験をされてきましたし、秘術の試し打ちも毎日でしたし、死にかけた日がないくらいだったと思います」

「ああ、なるほど……」

 ジャスティーンの目に少しだけ同情の色が映ったように見えた。

「お蔭で俺は毒の効かない身体になったり、秘術返しが得意になったりもしましたが、それ以上に……姉たちのおもちゃになるのはもう厭だと思いましたので、逃げてきたんです。女って怖いです。当分、女のいない世界で暮らしたいです」


 そうなのだ。

 俺は六人の姉にされたことがトラウマとなり、悪夢を見たりするようになってしまった。まともに眠れない上に、毎日の受難が続くというのは精神的につらい。

 父は随分前に死んでいるし、通常ならば男の俺がスモールウッド家を継ぐ立場なんだろう。だが、秘術研究で部屋に引きこもり状態の母と、禄でもないことばかりする六人の姉たちとの生活に辟易して何もかも捨てる決心をした。

 もう、あんな地獄は厭なのだ。

 平穏な暮らしがしたい。

 ただそれだけが俺の願いだった。


「そうか、解った」

 ジャスティーンは何とも言えないような表情で俺を見つめた後、隣にいる男性に目をやった。「イーサン、この二人に宿舎の案内をしてやってくれ。自分の部屋の掃除は各自がやることなど、簡単なルールが存在する。その辺りも彼が……」


 そんな台詞の途中だった。

 この団長室の壁にあった魔道具が騒ぎ出した。

 それは魔術師団などの人間はよく持っているもので、魔物が近づいてきた時の警戒音を出す小さな箱状の魔道具である。赤いランプの点滅と、甲高い音が小さな部屋の中に響き渡る。


「仕方ない、宿舎の部屋の案内より先に仕事を済ませようか」

 ジャスティーンは疲れたように髪の毛を掻き上げると、ゆっくりと椅子から立ち上がって小さく笑った。「君たちの最初の仕事は魔物の討伐か。頑張ってもらおう」

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