第314話

「……どうしてだ。何で俺は傷だらけで、あいつは無傷なんだよ」


 目の前にいる粗暴な男が、訳が分からないと言った様にそうポツリと呟いた。それもそのはずで、粗暴な男が呟いた通り、粗暴な男の身体には沢山の切り傷があり、俺の身体には傷一つないからだ。

 ここまでの戦いの一連の結果に、粗暴な男は少なからずショックを受けている様だ。魔人となった自身の自慢の力の凄さ、偉大なる主様である暗き闇に選ばれた事などを、自分に言い聞かせるかの様に延々とブツブツ繰り返している。


『あの男、精神的に壊れかけてませんか?』

『まあ、ウォルターにあれだけ一方的にやられれば、そうなってもおかしくないかと』


 粗暴な男にあわれみの目を向けながら、アモル神がそう言う。俺としては、普通に戦って粗暴な男を切り続けただけなんだが、第三者目線で見ているアモル神には違う光景に見えていた様だ。

 まあなんにしても、俺のやる事は変わらない。目の前の、魔人という種に生まれ変わった粗暴な男の命の灯を、ここで確実に消し去っておく事。粗暴な男の一挙手一投足を見逃さない様に、意識を集中させて粗暴な男を観察し続ける。


「そうだ。俺は最強だ。誰にも負けねぇ――――最強なんだ!!」


 粗暴な男はそう吼えて、濃密な闘気や殺気を周囲に放つ。その声は空気を震わせ、闘気や殺気は肌をピリピリと刺激してくる。吹っ切れた様に纏うものが一気に変化し、粗暴な男が心の底から本気となったのが分かる。


「さっさとお前を殺して、他の奴らも殺して、偉大なる主様に褒めていただく。だから、――――早く死ね」

「――――やってみろ」

「ガァアアアアアア――――!!」


 オーガの様に威圧感のある雄叫びを上げ、一気に加速して姿を掻き消す。そして、次の瞬間には俺の目の前にいて、右拳による一撃を放ってきていた。

 粗暴な男の狙いは心臓。目にも止まらぬ速さで拳を放ち、確実に俺を仕留めようとしてくる。だがその動きは、粗暴な男が目の前に現れた瞬間から分かっていた。なので、スッと左脚を半円状に後ろに下げて左半身を回転させ、体勢を変えて粗暴な男の右拳を避ける。そして、俺の前を通り過ぎる右腕に向かって、目にも止まらぬ速さでロングソードによる一閃を振るう。

 一瞬の後に、右腕の二の腕の部分にスーッと血の線が浮かび上がり、ズルリと右腕が地面に落ちていく。落ちていく腕と切断面から血が噴き出し、痛みに粗暴な男がうめき声を上げる。


「グォオオ!!またか!!何故、魔人となったこの身体をいとも容易く切り裂ける!!」

「出来るからやってるだけだ」

「――――フザケルナ!!」


 問われた事に対して思った事を答えると、粗暴な男は激高して左脚での蹴りを放ってくる。その荒々しく破壊力の高い左脚での蹴りを、今度を右脚を半円状に後ろに百八十度下げ、体勢を変えながら背中を反らして左脚の蹴りを避ける。そして、そのままの勢いで身体を回転させながら、左脚に向かって再び目にも止まらぬ速さでロングソードの一閃を振るう。

 一瞬の静寂の後に、右腕と同じく左脚にもスーッと血の線が浮かび上がり、ズルリと左脚が地面へと落ちる。落ちていく左脚と切断面から血が噴き出し、先程よりもさらに大きな呻き声を上げる。


「ガァアアアア――――!!」


 右腕に続いて左脚も切り裂かれた粗暴な男は、痛みや怒りによる咆哮を上げながらも、残った右脚で地を蹴ってその場から後方へと下がる。粗暴の男が後方に着地した時には、切り裂いた右腕と左脚の切断から吹き出ていた血は既に止まっており、痛みによる呻き声は止まっていた。その代わりに、燃え盛る炎の如き怒りによる、人ではなく獣の様なうなり声を上げる。


「なぜ、何故、ナゼ!?この力は無敵、最強のはずだ。……足りないのか?あいつを殺すには、まだチカラが足りないのか!!ならば、――――あいつを殺せるまでチカラを引き出す!!」

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