第312話

 山の如き大きさとなった巨大な漆黒のワイバーンが、その巨大な口を勢いよく開いて、聖獣様たちを模した魔法に向かって威嚇の咆哮を上げる。衝撃波が前方、儂らの方に向かって吹き荒れてくる。

 儂は魔力障壁で左右に受け流し、聖獣様たちを模した魔法たちはその場から動くこともなく、特に何も感じていないかの様に微動だにしない。魔法で生み出しただけの偽りの聖獣様たちであるが、まるで本物の様な威圧感を感じてしまうの。


「御大層な事を言って何が飛び出してくるのかと思えば、ワイバーンにも劣るような獣の集まりとはな」

「……これを見て何も感じぬのじゃな」

「何を感じるというのだ。この様な知性もない獣の集まりに」


 若造は、目の前の聖獣様たちを模した魔法に対して、本物が発するような威圧感を感じる事はないようじゃ。これは儂が本物と会った事によるものなのか、それとも若造が魔人となった事で鈍くなったからかの。まあなんにせよ、侮ってくれるのならば好都合じゃな。その分、蹂躙じゅうりんされた時の衝撃は相当である事は間違いないからの。


「では、蹂躙してやるとしよう。――――獣どもを殲滅せんめつしろ」

「愚かな若造に、世界の高き壁を知らしめるとしようかの」


 両者同時に、それぞれ魔法を相手に向かって放つ。しかし、放った後に違いが出る。片や勢いよく突撃して相手を喰らおうとし、もう片方は相手に向かって悠然と歩いていく。その姿には、魔法であるにも関わらず生物としての格を感じてしまう。


(もしや、何かしらの力を使って、儂の魔法に干渉しておるのか?)


 聖獣ともなれば、儂如きの魔法に干渉することくらい簡単じゃ。今もこの場の戦いを見ており、若造の愚かな発言を聞いておるはずじゃ。ほんの少し力を与える事くらいはしておるのかもしれんの。


「なんにせよ、助かる事には違いない。これ以上時間をかける事はよくないからの」


 勢いよく魔法の聖獣様たちに向かっていた漆黒のワイバーンが、右腕を大きく振りかぶって、目にも止まらぬ速さで魔法の聖獣様たちに巨大な爪を振り下ろす。迫りくる巨大な腕と爪ならば、魔法の聖獣様たち全てに直撃するのは確実じゃな。

 そんな状況で、魔法の聖獣様たちの中で一体の聖獣様が動く。その魔法の聖獣様とは、巨大な熱帯雨林を守護している古き聖獣である、ゴリラの聖獣様であるガリル様。そんなガリル様を模した魔法は、空間を蹴ってフワリと上空に向けて上昇し、迫りくる巨大な右腕に真っ直ぐ向かっていく。そして、ゆっくりと右腕を後ろに引き絞り、右拳の一撃を巨大な右腕に叩き込む。

 軽く放たれた様に見える右拳が、漆黒のワイバーンの右腕とぶつかり合った瞬間、もの凄い衝撃波と共に漆黒のワイバーンの右腕が後方へと弾かれる。さらに、右拳の威力を殺す事が出来ず、巨大な漆黒のワイバーンの体も一緒に後方へと飛ばされていく。


「な……なんだと?あんな軽い拳の一撃で、私の最強の魔法が、ワイバーンが吹き飛ばされるだと!?」


 若造が信じられない、ありえないといった様子で呆然としながら呟く。この光景は、自分の魔法に対して絶対の自信を持つ若造にしてみれば、相当に衝撃的な光景であろうな。

 そんな若造に、更なる追い打ちをかける。ガリル様を模した魔法に続く様に、他の魔法の聖獣様たちが吹き飛んだ漆黒のワイバーンに急接近していく。漆黒のワイバーンは体勢を整えて反撃しようとするが、そんな時間の余裕を魔法の聖獣様たちは与えない。

 追撃の最初の一撃は、蛇の聖獣であるサルパ殿を模した、青き巨大な蛇の魔法の牙による一撃。そのまま間髪入れず、鷲の聖獣であるオウギ様を模した、緑の巨大な鷲の鋭き翼による一撃。そこに空間を駆ける狩人、狼の聖獣であるアセナ様を模した、黄の巨大な狼の爪による目にも止まらぬ速さの一閃。そして最後に、鹿の聖獣であるケルノス様を模した白き巨大な鹿による、調和と安寧を脅かす敵への頭突きの一撃が叩き込まれた。

 間髪入れずの五連撃を叩き込まれた漆黒のワイバーンは、一撃ごとにその体を構成する魔力を失っていき、急速にその体を小さくしていく。そして、最後の頭突きによる一撃が叩き込まれた時、山の如き大きさであった漆黒のワイバーンの体が、跡形もなくその場から完全に消え去った。

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