第278話

 朝早くから行われていた婚約式、それが遂に終わりを迎えようとしている。その時、教会内にいた一人の人物が行動に出た。その人物は、暗き闇と繋がっているローラ嬢ではなく、アモル教のトップである教皇その人だった。


(アルベルト殿下、もしくはローラ嬢に近づいている。聖女の職務について話す為なのか、単に個人的な祝いの言葉を改めて伝える為なのか……)


 まだこの場に顕現していたアモル神が、俺の雰囲気の変化に気付いた様で、スーッと俺の傍に近づいてきた。


「ウォルター、何かありましたか?」

「婚約式での役目を終えたはずの教皇が、ローラ嬢とアルベルト殿下に接近しています。ローラ嬢と聖女の職務についての話をする為なのか、個人的に祝いの言葉を言う為なのか分かりませんが、何か違和感を教皇から感じてしまって」

「……それは直感的に?」

「そうです」

「超一流の剣士であるウォルターの直感でそう感じたのなら、勘違いと安易に見過ごす事は出来ません。あの者から目を離さず、暫く観察し続けましょう」

「はい」


 ローラ嬢とアルベルト殿下に近づく教皇。優しい好々爺のお爺さんといった柔らかい微笑みを浮かべていて、誰かに悪意をぶつけたり、危害を加えるといった負のイメージを抱く事はない。しかし一度違和感を抱くと、その柔らかい優しい微笑みですらも、容易に信じられなくなってしまっている。

 海千山千うみせんやませんの教皇であろうから、顔は微笑んでいても腹の内は違うという事はあるだろう。だが、今俺が教皇から感じている違和感は、その様な経験からくるものではないと直感がささやいてくるのだ。ハッキリとこれだとは言えないが、教皇という一人の人間が有するものではなく、別種の何かによるものであると感じるのだ。


「!!」

「まさかとは思いましたが…………。こうなってしまうとは、本当に残念でなりません」

「……アモル様が悲しむ事はありません。あれは正しく人の持つごう。教皇は自ら選択し、その代償を自らで払う事になる。――それだけの事です」

「…………そうですね」


 俺たちが見た者は、考えられる上で最悪の光景であった。アモル教教皇は、最初にローラ嬢へと近づき一言二言会話した後に互いに微笑み合い、アルベルト殿下と向かい合って会話を始める。そこまでは、傍見ると教皇がお祝いの言葉をローラ嬢にかけた様に見える。だが、そこから先のアルベルト殿下との会話が問題であった。

 教皇はアルベルト殿下と会話を始める瞬間、僅かに口角を上げて歪んだ笑みを浮かべ、その両目を一瞬だけ怪しく光らせたのだ。その一瞬を、怪しく光った両目の輝きを、俺とアモル神は見逃さなかった。両目の怪しい輝きを見てしまったアルベルト殿下は、こちらも一瞬だけ身体を硬直させた後に、何事も無かったかの様に元に戻った。

 両目が怪しく輝いた時に感じた力。一瞬だけとはいえ、普通の魔力と違う禍々しい魔力を感知した。この感知した禍々しい魔力を、早々簡単に忘れられるわけがない。互いに命を取り合う殺し合いをし、自身の魔力と得物を真正面からぶつけ合った相手。

 強烈に記憶に残っている、禍々しく、どの様なものすらも飲み込んでしまう漆黒の闇。魂まで凍らせる様な魔力の事を、俺やアモル神は間違えようもない。教皇が両目を怪しく輝かせた時に使用した魔力は、俺たちが倒すべき敵である暗き闇の魔力であった。

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