第179話

 今日はゲオルグ君やクラリスちゃん、それからフラウちゃんや男爵領の子供たちと一緒に、領内を流れる川へと釣りをしにきている。釣り竿は木製で、男爵領の皆さんの手作りだ。何でも釣りが趣味の人たちが領内には結構いる様で、その人たちが木材を厳選し、丹精込めて一本一本作ったものとの事。


「お魚さん沢山釣れるかな~」

「こればっかりは運だろうから、何とも言えないな~」

「魔法の力でも無理なの?」

「無理ではないが、周りの事を考えると魔法は使わない方がよいの」

「周りの?」

「そうじゃ。魔法は釣りとは違って、周りに迷惑を掛けてしまうかもしれないからの。むやみやたらと使用するものではないんじゃ。クラリスお嬢さんもフラウお嬢さんも、それから皆も誰かに迷惑を掛けたい訳じゃないじゃろう?」

『誰かに迷惑を掛けるのはダメ!!』

「ならば、地道にのんびりと釣りを楽しむんじゃ」

『分かった!!』


 川の近くに一人一人等間隔で並び、餌を付けた釣り糸を垂らして、魚が食いつくのをひたすら待つ。子供たちはキラキラと瞳を輝かせながら、お魚さんが釣れないかと期待している。ただ釣りとはそんなに簡単にいくものではないというのは、前世でやっていた色々な釣り番組から知っている。俺は釣り竿が倒れない様に固定して、その場に寝転んで食いつくのを気長に待つ事にした。

 だが待てど暮らせど、俺の釣り竿も釣り糸も微動だにする事はなく、未だに坊主の状態が続いている。しかも坊主なのは俺だけで、子供たちでさえ一匹は釣り上げており、皆で釣り上げられた喜びを分かち合っている。イザベラ嬢たちはそれぞれ三匹は釣り上げているし、ジャック爺に至っては八匹程釣り上げているのが見える。ジャック爺が釣りをする姿はさながら太公望たいこうぼうの様であり、泰然自若たいぜんじじゃくという言葉がピッタリだ。魚が食いつくのをボーッとしながら待っている様で、その実釣り糸や釣り竿のかすかな動きも見逃さない、玄人くろうとの釣り人がそこにいた。

 ジャック爺が事もげに次々と魚を釣り上げていく姿を見て、子供たちは自然とジャック爺の真似をし始めて、ミニ太公望たちは次々と魚を釣り上げていく様になった。そんな中でも未だに俺は坊主のままだが、子供たちが魚を沢山釣り上げる事が出来て喜んでいるので、皆で釣りを楽しもうという事自体は大成功だ。俺が一匹も釣り上げられなかった事ぐらい、どうってことないったらどうってことないのだ。決して涙を表に見せる事はせず、心の中で静かに涙を流しておく。涙なんて見せたら、子供たちを心配させてしまうからな。そんな事を考えていたら、クラリスちゃんとフラウちゃんが近寄ってきて、俺に向けてそれぞれ一匹ずつ魚を差し出してくる。


「二人共どうしたの?」

「ウォルター兄ちゃん、お魚さん一匹も釣れなかったみたいだから……」

「私たちが釣ったお魚さん、一匹ずつ分けてあげるね」

「うっ…………ありがとう。二人とも優しいね。でも二人が頑張って釣り上げたものだから、それは二人のお魚だよ」

「いいの」

「私たちのお魚さん、まだ沢山いるから」

「ううっ…………分かった。二人ともありがとうね」


 クラリスちゃんもフラウちゃんも、俺が受け取った事に満面の笑みを浮かべてくれる。俺は二人にしっかりと感謝の言葉を告げて、魚二匹を木製のビクに丁寧に入れて上げる。二匹の魚を見て再び心の中で泣いていると、イザベラ嬢たちが傍に近寄ってきてくれて、肩をポンポンと叩いたり背中を撫でて慰めてくれた。次に皆で釣りをする時までには、少なくとも一匹は釣り上げる事が出来る様になっていたいな。

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