第155話

 イザベラ嬢から驚くべき事を聞かされた翌日、俺とジャック爺はイザベラ嬢たちと一緒に、王都でも指折りの劇団が所属しているダミアンさんの劇場に訪れていた。訪れた目的としては、闘技場での戦いを劇にしたいという事についてだ。

 というのも、昨日家に帰って劇の事についてジャック爺に伝えたら、思いのほか好意的に興味を示したからだ。ジャック爺が饒舌じょうぜつに語ってくれた内容によると、若い頃に古の英傑えいけつたちの活躍を題材にした劇を見た事があり、いつかは自分もその英傑たちの仲間入りをしたいと思っていたそうだ。


「大きい小さいは別として、劇の題材になるというのは名誉な事なのじゃよ。例えそれが、笑い者にされる喜劇であったとしてもの」

「笑い者にされてるのに?何で?」

「どれだけの偉業を為そうとも、それを覚えておる者たちや語り継ぐ者たちがおらねば、人々の記憶から消え去り、存在そのものが忘れ去られていく。存在そのものが完全に忘れ去られてしまったら、偉業を為した事も、英傑たちが命を懸けて生き抜いた人生も歴史から消え去ってしまうからの」

「その通りです」


 ジャック爺の言葉に、男性の肯定の声が聞こえる。声が聞こえた方に視線を向けると、そこには身なりのいいひげを生やした男性が立っていた。その男性の横には、今日も外出のお供をしてくれているセバスさんがいる。セバスさんは、イザベラ嬢のめいによってダミアンさんを呼びにいっていた。その事から考えて、隣に立つ男性がダミアンさんで間違いないだろう。


「お主がダミアンかの?」

「はい、その通りです。私が当劇場と劇団の支配人、ダミアンと申します。かの賢者様とお会いすることが出来て、大変光栄に思います」

「儂はジャック・デュバルじゃ。ダミアン殿、今日はよろしく頼む。それから、そんなにかしこまる必要はない」

「いえいえ、そういう訳にはいきません。この国に多大なる貢献をされてきた賢者様に、我々は長きに渡って恩恵を受けてきましたから。畏まらない訳にはいきません」

「…………仕方ないの」

「ありがとうございます。では賢者様、早速劇についてのお話をしても宜しいでしょうか?」

「うむ、そうじゃの」


 ダミアンさんはジャック爺の正面の席へと座り、劇についての諸々の話を始める。前世を通してみても、本格的な劇場に来たのも初めてだし、一つの劇がどの様に作り出されていくのかを知るのも初めての経験だ。劇団の皆さんが一つの劇を作り上げていくのに、どれだけの熱意とエネルギーを込めているのかが、ダミアンさんの様子から十分に伝わってくる。

 そして話は進み、ジャック爺の劇の肝の部分となる魔法戦闘についての話題になる。ここについての話は、ジャック爺もダミアンさんも互いにもの凄い熱量で語り合っていた。その熱量は周囲へと伝わっていき、次々と劇団の皆さんが会話に混じり始めたと思ったら、気付いたらジャック爺が魔法を実演する事になっていた。

 魔法の実演に際して最も周囲の歓声が大きくなったのは、氷で形作られた鷲やドラゴンを生み出した時だ。まるで本当に生きているかの様に動く氷の鷲や、語られる伝説の中でしか知らないドラゴンを模したその姿に、劇団員さんたちのみならず、イザベラ嬢たちもキラキラした目で見ている。

 その後は劇の話し合いそっちのけで、ジャック爺の魔法鑑賞会になったのは言うまでもないだろう。

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