第110話

 アンナ公爵夫人の宣言に、イザベラ嬢たちは驚いている。勿論俺もそうだし、ジャンやマークも同じく驚いている。それにしても、寡黙な蜘蛛レティセンテア・スパイダーってどんな奴だ?名前からして蜘蛛の魔物である事は分かるが、どういった奴なのかは頭に浮かんでこない。そんな俺を見て、ジャック爺がその蜘蛛の事を教えてくれる。


「ウォルター。寡黙な蜘蛛とはほれ、あの全身が緑色をしておる、コソコソと動きの素早い蜘蛛の事じゃよ」

「………………ああ、あいつの事か。あいつって、寡黙な蜘蛛とか呼ばれてるの?」

「そうじゃよ。ベイルトンならいざ知らず、王都や王都に近い領地では滅多に見る事もなく、捕獲する事も困難と言われておる個体じゃ」

「え?嘘でしょ!?あいつだよ。張り巡らされた罠と毒さえ気を付ければ、簡単に捕まえられる奴だよ?あれが、捕獲する事も困難な個体?」

「それは、ベイルトンやウォルターの常識じゃな。王都に住む者や服飾関係者にとっては、寡黙な蜘蛛は捕獲が困難な危険度の高い魔物であり、それと同時に、捕獲する事が出来れば莫大な富をもたらす魔物なんじゃよ」

「あいつが……莫大な富を齎す魔物!?」


 ジャック爺の説明に衝撃を受けている俺と、寡黙な蜘蛛の糸で作られた生地の服に、衝撃を受けているカノッサ公爵夫妻。この場が混乱しかけた所を、ジャック爺が一度手を合わせて大きな音を出す事で静まらせる。


「ウォルターも、ローゼン殿もアンナ夫人も、一先ず落ち着くのじゃ。まずウォルター、事実は事実として受け入れよ。魔境と王都では、魔物に対しても認識が違う。今は、無理やりにでもそれで納得しておくんじゃ。よいな?」

「……分かったよ。魔境と王都じゃ、魔物に対する認識が違う。ふぅ~、よし」

「では次に、ローゼン殿とアンナ夫人。寡黙な蜘蛛の糸で出来た生地が、王都やその近隣の領地では非常に貴重なものであるというのは、儂も十二分に理解しておる。しかし今一度、桃やオレンジについての、ウォルターの認識を振り返ってみよ。ウォルターにとって、桃やオレンジといった果物はどういった認識であったかの」

「それは…………」

「それこそ、普通のお店で売られている果物と、ほとんど変わらない様に感じました」

「今回も、それと似たようなものじゃ。ウォルターにとって、寡黙な蜘蛛という魔物と、桃やオレンジといった果物の価値は同じなんじゃ」

「………………本当に?」


 アンナ公爵夫人が、心の底から驚愕した様子で問いかけてくる。その問いに対して、俺は頷いてその通りだと答える。その頷きの返答を見て、カノッサ公爵夫妻にイザベラ嬢たちが、愕然とした様子で俺を見てくる。俺もまた、そんな皆の様子を見て、魔境と王都では本当に認識が違うんだと理解した。

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