第89話

「全く、来るならもっと真面な者を寄越さんか」


 ジャック爺が憤慨しながら椅子へと座り直して、先程まで相手をしていた者たちの愚痴を語り始める。俺はそれを聞きながら、騎士学院の座学で出された課題を順調に片付けていた。


「儂が長きにわたり研究部屋に引き籠っておる間に、王族含めて色々と質が落ちた様じゃの」

「まあ、仕方ないんじゃない。ない時を知っていると有難味を実感出来るけど、最初から恵まれた状態、何もかも揃っている状態で生きていたら、それを当たり前だと人は思うからね」

「そうじゃのう。……じゃがそれは、儂の研究が素晴らしかったという事じゃよな?」

「そうだね。逆に素晴らしすぎて、一部の面では豊かになり過ぎたから、王族たちは余計な欲まで抱く様になったんじゃない?」

「豊かになるというのは、何も良い事ばかりではないという事じゃな」

「まあね。ただ、ずっと貧しいというのも、それはそれで困るけれどね」

「貧しすぎてもダメ、豊かになり過ぎてもダメ、何事も均衡を保つのが一番という事か」

「それで、訪ねてきた人たちの話は今までの人と?」

「うむ。変わりなくじゃな。王城勤めに戻って来てくれといったものや、今度の魔境への桃探索へ付いてきてくれなど、本当に自分たちの事しか考えておらん。それに、儂なら引き受けてくれるという謎の自信がある事も、一々しゃくに障ったしの」


 本格的な魔境への桃探索の為に編成された、王族やカルフォン公爵の部隊の者たちが、探索の日が近づいてくる事にジャック爺を訪ねてくる様になった。理由はジャック爺も言っていたが、第一回魔境探索の際の進言の件についてだ。あの件のお蔭で、ジャック爺は王城勤めから自主的に離れる事が出来た。

 だがそれと同時に、ジャック爺がベイルトン出身である事や、賢者としていまだ健在である事を示してしまった。その事から、王族やカルフォン公爵が魔境へと向かわせる者たちが、今回の魔境探索への同行を連日お願いしに来ているのだ。


「あの焦り様から見て、それなりに魔境について勉強したみたいじゃの。だからこそ、魔境を実際に知る儂へと、助力を頼みに来たのじゃろう」

「でも、今はベイルトンに戻る気はないんでしょ?」

「勿論じゃよ。ロベール王は儂からしても尊敬は出来る王ではあったが、先代や今代の王は信念がなさすぎる。今更王城に戻って、骨を埋め様とは思わん」

「でも向こうも生き死にがかかってるから、早々に諦める事はないんじゃない?」

「そもそもが、この老骨を安易に頼ろうというのが気に食わん。あれだけ儂の事を好き勝手言っておきながら、いざ困ったら掌を返す様にご機嫌取りをしよってからに。だったら、最初から儂のいう事を聞いておけばよかったんじゃ」


 ジャック爺の不機嫌が、今回は中々収まらない。その後の愚痴を聞いていると、どうやら最近はジャック爺を挑発するかのように、俺の事を話題に出し始めた様だ。俺を褒めちぎってジャック爺の機嫌を取ろうとする者もいれば、見下したり実力を疑ったりする事で、ジャック爺の師としてのプライドを刺激しようと画策している様だ。


(属性魔法の適性が低い俺が、ジャック爺の弟子になってどうするんだよ)

「今日来ていた者たちも、ウォルターの事をネチネチと嫌味ったらしく言うておったの。…………何も知らぬ、無知というものがいかに恐ろしいのか、奴らにも知ってもらうのも良い機会なのかもしれんの」

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