第88話

 イザベラ嬢たちとジャック爺との出会いから、一ヶ月ほどが経った。この間も魔境ブームは続いており、一獲千金を狙う駆け出しの行商人や、同じく一攫千金や腕試しといった目的の冒険者たちも、続々と魔境へと向かい始めた。

 魔境の恐ろしさを知っている者からすれば、何とも愚かな行為である。まあ俺やジャック爺からしてみると、ベイルトン辺境伯領にお金を落としていってくれるので、面倒事を起こさなければ大歓迎である。


「ウォルター、実家の領地の方は大丈夫なのか?」

「聞いた話によると、もの凄い数の人がベイルトンに向かっているそうじゃないか」


 最初の授業が始まる前に、ジャンとマークが大丈夫なのかと、心配そうな顔をして聞いてきた。


「全然大丈夫だ。そもそも皆して、前提から間違ってるよ」

「前提から……」

「…………間違っている?」


 ジャンもマークも、一体どういう意味なんだと首を傾げている。そんな二人にも分かりやすい様にと、ベイルトン辺境伯家と辺境伯領の役割、それから魔境の立ち位置などを説明していく。

 まず最初に皆が勘違いしているのが、桃やオレンジが自生している魔境は、ベイルトン辺境伯家が管理している訳ではないという事だ。俺たちベイルトン辺境伯家は、その魔境からの脅威に対する盾であり、領地のみならずアイオリス王国を守る防壁なのだ。

 そして最も重要な事は、魔境に潜るのは全て自己責任という点だ。それはベイルトン辺境伯家の三男である俺でも、当主である親父であっても変わらない。魔境と言う地は、アイオリス王国の権力の及ばぬ場所であり、魔物たちの楽園であるという事だ。


「それは公爵家当主であろうとも、王族、王や王妃であっても変わらない。魔境の中では弱肉強食。弱い者は、強い者の糧になる。そういった、小さくも厳しい一つの世界だよ。あの場所は」

「…………そんな地獄みたいな場所に潜って帰ってこれるのに、何でウォルターは騎士学院に通ってるんだ?」

「親父や母さんたち曰く、この国の王都と言う場所を見ておく事と、友達を作ってくる事だったかな。後は…………」

「「後は……?」」

「……出来れば嫁さんを見つけて来いってさ」

「「ああ、なる程」」


 俺が騎士学院へと入学した理由を聞かされたジャンとマークは、ウンウンと頷いている。どこに納得して頷いているのか分からないが、普段の俺の様子から何かしら当てはまるものがあったのだろう。


「それはそれとして、ウォルターの実家と魔境の関係は分かった」

「つまりは、今魔境で一稼ぎしようとしている奴らは、これから本当の意味で地獄を見る訳か」

「そう言う事だな。もし仮に、俺や親父たちに桃を取ってこいと王族から命令が下っても、魔境は領地外の事であるから断る事が出来る」

「だが王族は、ウォルターが桃を魔境から持って帰って来たという事を知ってるんだろ?」

「ああ、知ってるだろうな。近々王族も本格的に動くつもりだそうだから、俺にも声を掛けてくるかもしれん」

「そうなったら、どうするんだ?」

「いや、断るぞ」

「……大丈夫なのか?」

「大丈夫ではないだろうな。だがさっきも言ったが、領地内の事ならともかく、領地外の事で一々駆り出されたら堪ったもんじゃない。まあ本当に駆り出されそうになったら、カノッサ公爵にお願いしてみようかとは考えている」

「それがいいだろうな」

「後は、王族の出方次第といった所か」

「そうなるな」


 ジャンやマークには大丈夫だと言ったが、恐らく王族やカルフォン公爵は、最終的には俺や親父たちを魔境に向かわせようとするだろうな。だが、俺たちもタダでは済まさん。本当にそうなった時には、王族たちにも血を流してもらう事になるだろう。

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