第84話

「ふむ、その魔法の術式ならば、もう少し威力を調節すれば、速度を上げる事が出来る」

「ですが、この魔法に関しては威力が最も重要なのでは?」

「それは正しくもあり、間違いでもある。確かに、世にある魔術に関する書籍や、魔法学院で学ぶ魔術は正しい。しかし、それは平和で安全が確保されている場での話になるんじゃ。だが実際に命のやり取りを行う戦場に出れば、威力よりも速度を求められたりする場面もある。儂も、そのお蔭で助かった事が何度もあるからの。そういった面では、間違いでもあるという事じゃ」

「「「「なる程」」」」

「賢者様のお話は、どれもこれも為になりますね」

「まあ、伊達に年をとっておらぬからの。肉体や精神の衰えは仕方ないとしても、経験だけは色褪せんからな。若い魔法使いの為になるのならば、幾らでも知識を披露してやるつもりじゃよ。……まあ、ウォルターの味方限定になってしまうがの」

「ふふふ。……それにしても、賢者様がベイルトン辺境伯領のご出身だとは知った時は、とても驚きましたわ」

「儂としては、別に隠していた訳ではないんじゃがの。聞かれれば答えた事もあったし、何冊か出した儂の著書にも書いておるしな」


 両扉の前で完全に固まってしまったイザベラ嬢たち五人は、暫く経ってから我に返って、興奮しながらジャック爺に自己紹介をしていった。ジャック爺は、好々爺の様なニコニコとした笑顔を浮かべながら、皆の自己紹介を聞いていた。

 その後は、何時もの通りにお茶会が始まったのだが、内容はいつも通りではなかった。イザベラ嬢たち四人だけではなく、アンナ公爵夫人もジャック爺に興味津々だった。アンナ公爵夫人もイザベラ嬢の母親だけあって、非常に豊富な魔力量であり、属性魔法への適性も同じく非常に高い。そして魔法学院の卒業生であり、イザベラ嬢たちの先輩なのだ。

 今日は各勢力の動きの報告などはそこそこに、ジャック爺への質問タイムとなった。そこで判明した、出身地や王城に勤める事になった経緯や、俺との関係を知って驚いていた。ジャック爺が時々言っていたが、『賢者』ジャック・デュバルの名前は万人に知られていたとしても、そういった事は全く知られていないというのは本当だったみたいだ。

 そんな魔法談義に花が咲いていた時、ジャック爺からイザベラ嬢たちに一つの提案をした。それが、実際にイザベラ嬢たちの魔法を見て、色々と指導をするというものだった。イザベラ嬢たちは大喜びでそれを了承し、公爵家の屋敷の鍛錬用の庭に出て、現在へと至っている。


「魔法の事とは関係ないですけど、質問しても良いですか?」

「ああ、よいよ」

「賢者様がベイルトン辺境伯領の出身なら、賢者様も魔境に足を踏み入れた事がありますか?」


 クララさんのふとした疑問からの質問に、ジャック爺の雰囲気が真剣なものへと変わる。そこに立っているのは、歴戦の猛者であり、一人の超一流の魔法使いであった。

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