第82話

 アイオリス王国王都は今、空前の魔境ブームになっている。長い歴史を持つ王国王城には、魔境に関する文献や研究日誌など、膨大な知識が眠っている。その膨大な知識を、王城に勤めている大勢の学者や研究者たちが読み解き、様々な情報を手に入れた。

 その結果、“若返りの桃”という目的の物以外にも、“癒しのオレンジ”などの他では手に入らない貴重で希少な果物や、様々な難病に良く効く薬草などが自生している事が判明した。

 報告を聞いた王族やカルフォン公爵、御用商人たちや王都の医師団などは大喜びしたそうだ。御用商人たちや医師団の医師たちは、直ぐにでも魔境に人を送ろうとしたそうだが、王や王妃、カルフォン公爵が止めた様だ。


「まったく、人の忠告を素直に聞かんから、大事な戦力を失うのだ」

「ジャック爺、もう王城勤めじゃなくなったからって、そんなハッキリと言わなくても……」

「だがなウォルター、儂は愚かな者たちにも分かる様に、魔境の恐ろしさを語ってやったのだぞ。それを耄碌しただの、お年を召しただの、好き勝手言いおってからに」

「でも、ジャック爺は実際高齢じゃない。自分ではそう感じてなくても、周りからは老いを感じられている事もあるんじゃないの?」

「…………」

「目を逸らすことなく、現実を見据える事も大事、じゃなかった?」

「孫同然に思っているウォルターから、こんな風にいじめられるとはのう。昔は素直で良い子であったというのに……」

「まあ、ジャック爺も見て育ったからね。そう考えると、俺が悪い子に育ったのも自然じゃない?」

「…………それもそうじゃの」


 ジャック爺がニヤリと笑い、俺もニヤリと笑顔を返す。

 俺の目の前に座り、王族やカルフォン公爵たちに対して憤っている、白髪碧眼の渋いお爺ちゃん。昔はさぞかし女性にモテたであろう事が分かる、海外の貫禄のある俳優さんの様なイケメンお爺ちゃんだ。このお爺ちゃんこそ、王や王妃たち王族、そしてカルフォン公爵に進言が通らず職を辞した、『賢者』ジャック・デュバルその人である。

 そして賢者ジャックは何を隠そう、ベイルトン辺境伯領に生まれ、魔法使いとしての腕を魔境で磨いてきた俺の大先輩なのだ。ジャック爺本人が言うには、更なる魔法の知識を求めて王都に来た所、当時の王に目を付けられてしまい、半ば強制的に王城勤めにされてしまったそうだ。

 それでもこの年齢になるまで王城に勤めていたのは、研究資金や研究素材の確保、王城に眠っている魔法に関する情報が得らるからだと、小さい頃からジャック爺が帰省する度に聞かされていた。


「それにしてもよかったの?研究資金や素材、それに魔法の情報が得られるから、王城に勤めていたんじゃないの?」

「……最近はそうでもなくなってきたというのが、職を辞すことを決意した決め手の一つでもあるの」

「そうなの?」

「そうじゃ。研究資金は減少傾向になり、研究素材の質は年々落ち続けた。王城に眠っている魔法に関する情報も、この長い王城勤めの中で知り尽くしたと言ってもよい。最早王城に勤めておっても、儂にとって何一つ良い事などなくなったからの。だからと言って、進言に関しては別じゃぞ。あれは本心からの行動であったし、若い命を無駄に散らせる必要はないと思ったからこそ、儂は王たちに進言したのだ」

「だけど、聞き入れてはもらえなかったと」

「そう言う事じゃな。それに、そろそろ故郷で余生を過ごしたいと思っておったしな。色々と時が重なった事もあって、辞めるのに都合がよかったんじゃよ」

「それじゃあ、ジャック爺はベイルトンに戻るの?」

「そんなに直ぐには戻らんよ。ウォルターが色々とやっとる事も知っとるからな。若者を導き助けるのも、老い先短い老人の務めじゃ。だからウォルターも、しっかりと儂を頼りなさい。よいな?」

「ありがとう、ジャック爺」

「よいよい。可愛い孫の為に何かしてやるのは、お爺ちゃんの役目でもあるのじゃから」

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