第69話

「「「ん~~~~!!」」」


 イザベラ嬢たちは桃の美味しさに頬が緩み、自然と笑みがこぼれている。イザベラ嬢とクララ嬢は二度目の桃なのだが、それでも美味しいものは美味しい様で、初めて桃を食べたと思わせる笑みだ。恐らく最初は演技しようと二人も考えていたみたいだが、桃を食べた事で素のリアクションが出てしまっている様だ。


「あの子たちの笑顔、本当に本物なのだな」

「ああ、間違いないだろう。本に書かれていた味ならば、あの様に笑顔になっても不思議ではない」

「お母様、それほどの味だというのならば……」

「そうね。記されている効能についても、本当なのでしょうね」

「だとしたら、あの三人の肌艶は……」

「即効性があるのかは分からないわ。でも確実に効能は身体に現れるはずよ。例え一切れであってもね」


 観客がイザベル嬢たちの様子から、本当に本物の‟若返りの桃”であると確信した様だ。まあ‟若返りの桃”の事は知っていても、見た目が完全に一致していたとしても、偽物である可能性が十分にあるからな。

 この国では何度か‟若返りの桃”関係での詐欺事件があった事から、観客たちも多少疑いの心があったのだろう。だがカノッサ公爵家の令嬢であるイザベラ嬢が、自然と笑みがこぼした事が決定打となり、桃が本物だという確信を得たのだろうな。

 イザベラ嬢たち三人は、切り分けられた残りの桃を、とても大事そうにゆっくりと噛みしめていく。一切れ一切れ口の中に入れて笑みをこぼす度に、観客たちはゴクリと喉を鳴らし、羨ましそうにイザベラ嬢たち三人を見ている。それは、ローラたちベルナール公爵家の者たちも例外ではない。特に女性であるローラとスザンヌに至っては、羨ましさと妬ましさといった感情が混じり合い、もの凄い血走った目でマルグリット嬢を見ている。


(お~お~、もの凄い目になってるな。それは無意識なのか、普段からそうなのかは知らないが、とても公爵夫人や公爵令嬢とは思えない目だぞ。というか、してはいけない目だと思うぞ。まあ、この場でその恐ろしい目に気付いているのは、俺だけの様だがな)


 貴族は皆仮面を被っている。それは物理的な仮面ではなく、表情や態度といったものであり、相手に感情や思惑を探られない様にするための精神的なものだ。

 ベルナール公爵は辛うじて仮面を被り続けてられているが、ローラとスザンヌの仮面は張りぼてで薄っぺらい様だ。最初は血走った目だけを向けていたが、徐々に顔が負の感情で歪み始めている。

 俺がベルナール公爵家の者たちをある程度観察し終わると、イザベラ嬢たちの桃を堪能する時間も終わりに近づいてきていた。イザベラ嬢たち三人は再び視線を混じり合わせて、三人同時に最後の一切れにフォークを刺して口に運び、‟若返りの桃”を十二分に堪能し尽くした。

 観客たちは桃のなくなった皿に視線を向け、次にマルグリット嬢に視線を向ける。そして観客たちの表情に、深い後悔の念が浮かび上がってくる。その後悔の念は、マルグリット嬢をあからさまに見下してきた事に対してなのか、これから友好的な関係を築く事が絶対に出来ない事へのものなのかは、俺には分からない。


(まずこの一手を打った事で、観客たちのマルグリット嬢への態度の悪さが、少しでも改善はされるだろう。そして今日の出来事は、衝撃的な出来事だとして社交界の情報網を駆け巡り、王族にまで伝わるだろう。そうなった時に、マルグリット嬢に対して高圧的だった殿下がどう出て来るのか、楽しみにしながら高みの見物をさせてもらおうか)

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