第68話

「ウォ、ウォルターさん、これはもしかして……‟若返りの……」


 マルグリット嬢はもの凄く動揺しながらも、目の前にある贈り物が、かの貴重で希少な桃でなのかを確認してくる。マルグリット嬢が言いかけた‟若返りの桃”と言う単語に、大広間は一斉に静まり返り、この場にいる全員が俺の答えを固唾を飲んで待っている。


「ええ、マルグリット嬢のお察しの通り、これは‟若返りの桃”と呼ばれているものです」


 俺は桃の部分を少しだけ強調して答え、これが本物の‟若返りの桃”であることを伝える。マルグリット嬢は本物であった事に再び驚き、大広間にいる観客たちも再びざわめきだす。

 そして女性陣は本物であると分かった瞬間から、まるで獲物を狙う肉食獣の様な目をしながら、‟若返りの桃”をジッと凝視し続けている。これが公爵令嬢の誕生日のパーティーでなければ、なりふり構わずご相伴しょうばんあずかろうとしていた事だろう。

 あの味見の後にアンナ公爵夫人に聞いたのだが、‟若返りの桃”を食べた事があるというのは、貴族家やその夫人にとって一種のステータスなのだそうだ。

 まず貴族家にとっては人脈や資金の豊富さを示す事が出来て、他の貴族家に恩を売ったり、王族などに献上する事で覚えを良くする事が出来る。そして夫人など女性陣にとっては、王族の女性たちですら口にした事のないものを口にしたというマウントと、瑞々しくきめ細やかな肌艶という、女性としての魅力を得る事が出来る。

 まあその他にも色々とある様だが、この‟若返りの桃”という果物は、男性にとっても女性にとっても様々な恩恵を与えてくれるものなのだそうだ。


「味もさることながら、香りや瑞々しさも一級品だと言ってもいい桃です。どうぞ、召し上がってください」

「い、今からですか?」

「ええ、これでも貴重な桃ですからね。失礼ですが、誰かが邪な事を考えてしまっても不思議ではありません。ですので、今この場で食べてしまった方が宜しいかと」

「…………分かりました」


 マルグリット様は、手近にあった机の上に桃の入った箱を置き、桃を食べるための準備を始める。手際よく準備を進めている所を見るに、マルグリット嬢の普段の様子や、ベルナール公爵家でどの様な扱いを受けているのか目に見えるほどだ。

 そして準備が全て整った後、切り分けられた桃を前にして何か妙案を思いついたのか、マルグリット嬢はふとイザベラ嬢たちの方を見て微笑む。俺にはその微笑みの意味が伝わらなかったが、イザベラ嬢やクララ嬢にはしっかりと伝わったのか、二人とも小さく頷いて返している。

 頷き返されたマルグリット嬢も小さく頷き、微笑んでいたその口を開く。それはベルナール公爵家とその派閥の者たちへの、マルグリット嬢の反撃の狼煙のろしであった。


「イザベラ様とクララさんも、ご一緒にどうですか?」

「!?……いいんですか?」

「ええ、二人は私の友達ですから。こんな機会滅多にないのだから、一緒にこの桃をいただきましょう」

「……ウォルターさんはそれで宜しんですか?」

「この桃は、マルグリット嬢への贈り物です。既にマルグリット嬢の所有物であるので、私からは特に何か言う事はありませんよ」

「ほら、ウォルターさんもこう言ってるのだから。遠慮せずに一緒に食べましょう」

「…………分かりました。クララ、ご一緒しましょうか」

「はい」


 イザベラ嬢とクララ嬢は、マルグリット嬢の左右の席に座り、切り分けた桃を新たな皿へと分けてもらう。切り分けられた一切れをフォークで刺して持ち上げ、まずは香りを十分に楽しむ。そして三人は視線を交わらせ、それぞれ一回頷く。


「では、いただきましょうか」

「「はい」」


 観客たちがジッと見つめ続ける中、フォークの先に刺さっている桃の一切れが三人の口の中へと運ばれ、その口が閉じられた。

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