第60話

(‟若返りの桃”?あの果実、桃にはそんな効果があったのか?……いや、待てよ。桃を魔境で見つけて、母さんや叔母さんたちに贈り始めてから、女性陣の機嫌や肌艶が非常に良かったな。もしかして、この桃が持つ効能や効果のお蔭なのか?)


 最初に母さんに桃を贈ったのは子供の頃で、自分が食べてとても美味しい桃だったからという理由だった。この美味しさを母さんにも味わってもらいたいと思い、誕生日に合わせて送ったのが始まりだった。

 そして当時の事を思い返してみると、桃を最初に見た母さんの驚きや喜びといった反応、本物であると確信しつつも少し疑っている所など、今の二人の様子にそっくりだった。

 それに、母さんが桃を一口食べた時の満面の笑顔を思い出した。その笑顔は美味しいものを食べたという笑顔でもあったが、女性として求めていたもの、素晴らしいものを食べたという笑顔でもあったという事に、今更ながら気付いた。

 そこから次々と記憶を辿っていくが、母さんの次に桃を贈った叔母さん、その他の女性陣たちの反応や驚きを思い返すと、皆母さんと同じ様に女性として喜んでいた事にも気付いた。


(だから皆、毎年の様にこの桃を誕生日に贈ってくれと言ってきたのか)

「ウォルターさん!!こちら手にとっても宜しいですか?」


 イザベラ嬢が、非常に興奮した様子で俺へと質問してくる。その隣にいるクララ嬢も、イザベラ嬢と同じく非常に興奮している。そんな興奮している女性二人に俺は否という事が出来るはずもなく……。


「どうぞ、どうぞ」

「ありがとうございます!!」

「私にも見せて!!」

「勿論よ!!」


 キャッキャとはしゃぎながら、イザベラ嬢とクララ嬢は桃をじっくりと観察していく。観察を始めるとキャッキャしていたのが嘘の様に、段々と真剣な表情や視線に変わっていく。二人が全身から放つ雰囲気は熟練の職人や鑑定士の様なそれであり、間違える事は許されないといった思いを感じさせる。


「じっくりと見させてもらったけど、やっぱり間違いないわ」

「そうね、私も同意見だわ。色々な書物に書かれていた内容と、この桃の特徴は一致するわ。後は中身の特徴も一致すれば、完璧に‟若返りの桃”である事は確定ね」

「でもこれがもし本物だとして、私たちだけ見たとなったら…………」

「…………アンナ様からどんなお仕置きをされるか分からないわよ」

「お母様も呼びましょう」

「ええ、それがいいわね」


 この桃が贈り物として十分なのかという答えをもらえぬままに、桃の所有者である俺を置き去りして二人の中で話が進んでいき、アンナ公爵夫人もこの場に呼ぶことが決まってしまった。

 イザベラ嬢が、早速とばかりに机に置かれているベルを鳴らす。その音を聞いたメイドさんが、素早く無駄のない動きで部屋の中に入り、イザベラ嬢の傍に近寄って要件を聞く。イザベラ嬢はアンナ公爵夫人を呼ぶように伝えると、メイドさんは承った事を告げて、綺麗な一礼をして部屋から去っていく。

 そしてメイドさんが去ってから数分後、部屋の扉が三回ノックされ、アンナ公爵夫人が到着した事を告げられた。イザベラ嬢がそれに答えると、扉が開いてアンナ公爵夫人が部屋の中へと入ってくる。

 アンナ公爵夫人は、普段と変わらぬ悠然とした様子でこちらに近づいてきた。だが机の上にポツンと置かれた桃が視界に入った瞬間、何時も余裕のあったその姿が嘘の様に崩れ去っていき、スススッと早足になって一気に距離を詰めてくる。

 そして一言も発する事なくジッと桃を凝視し、先程のイザベラ嬢とクララ嬢と同じ様に、熟練の職人や鑑定士の様な雰囲気を放ちながら、無言で桃を観察し続ける。そのまま一・二分ほど観察を続けた後、ふ~っと深く息を吐き、何時ものアンナ公爵夫人へと戻る。


「これは間違いなく‟若返りの桃”ね。一体どうやって手に入れたの?」


 アンナ公爵夫人は、鋭き視線でイザベラ嬢たちを見る。その鋭き視線はイザベラ嬢の母である前に、美を追求する一人の女性としてのものであった。

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