誰もシナリオを知らない、乙女ゲームの世界
Greis
第1話
剣と魔法のファンタジー世界に転生し、アイオリス王国という国の、ベイルトン辺境伯家の三男、ウォルター・ベイルトンとして生まれ、二度目の死を早々に迎えたくない一心から、死に物狂いで自分を鍛えて十七年。騎士学院に入学して二年目の春、俺は今現在、魔法学院の生徒たちと共に、王都近郊に存在する森で合同訓練を行っている。
合同訓練は、騎士学院の生徒五名と魔法学院の生徒五名で一部隊を組み、森で二泊三日の野営をしながら、目的地を目指すというものだ。目的地は、森を抜けた先にある平原。見張りや食事、テントの設置や撤収なども含めて、野営に関わる全てを自分たちで行うというものだ。
だが、この合同訓練で厄介な点がある。それが、騎士学院や魔法学院の生徒の中には、俺を含めた貴族の子弟や子女が、数多く在籍しているのだ。まあ貴族といっても色々とある。公爵家の様な、広大な領地を治め、強大な権力を行使できる貴族家もあれば、小さい領地を治める事で精一杯な状態の男爵家など、貴族にも様々な者たちもいる。
上位の貴族になればなるほど、普段から野営などとは無縁の生活をしている。当然ながら、見張りもしたことがなければ、食事も作った事もない。そもそも、テントに触った事すらもないだろう。
そして、運が悪いというか何というか、俺が組み込まれた部隊には、アイオリス王国に存在する公爵家、カノッサ公爵家の長女であるイザベラ嬢がいる。さらには、騎士学院にまで噂が流れてくるほどの魔法の才媛、ベルトーネ男爵家の長女であるクララ嬢もいる。身分差の大きいはずの女性二人は、微笑みを浮かべながら楽しく談笑しているのが見える。
(公爵家の子女と男爵家の子女が、仲良く談笑か。どういった経緯があれば、そうなるんだろうな?)
「イザベラ、例の件についての進み具合はどう?」
「それが、中々上手くいかなくてね。見た目や味に関して、ある程度の再現は出来たんだけど、まだまだ完璧なものには程遠いわ」
「やっぱり、そこまで簡単にはいかないのね」
「ええ。公爵家の力をもってしても、時間がかかるわ」
部隊の全員で野営の準備をしながら、イザベラ嬢とクララ嬢が、料理か何かの食べ物についての話をしている様だ。しかも、公爵家の力を使ってまで、何かを再現させようとしているらしい。他国で食べた、美味しい料理か何かだろうか?
テントを設置し終わり、食事の準備を始める。基本的に、野営時に口にするものは塩漬けにした肉や、簡単なスープなどで済ませる。これについて文句を言う貴族が毎年数組現れるそうだが、両学院はそれを変える事はない。森で野営するのに、贅沢な食事を用意できるわけがない。
「しかし、塩漬け肉やスープでは腹は満たされんな」
「しょうがないだろ、マーク。野営時に食事が出来るだけ、マシだと思えよ」
「まあ、そうだけどよ~。……ウォルター、なんかないか?」
「あん?う~ん、そうだな」
少しの間、今の状況や時間帯を考え、多少の余裕があると判断し、バックパックからある物を取り出す。
「お!!そいつはまさか!!食べれるのか、いつかの‟焼き鳥”を!!」
「‟焼き鳥”!!クララ、焼き鳥ですって!!」
「ええ、確かにそう言っていたわね」
騎士学院の同期であるオランド子爵家の長男、やんちゃ坊主のマーク・オランドが、俺が取り出したものを見て興奮した様に大きな声を出す。その時に、イザベラ嬢とクララ嬢が何やらコソコソと話していた。気にはなるが、マークの空腹を満たしてやることを優先しよう。
「おい、もうすぐ日が落ちる。大きい声は出すな。直ぐに用意はしてやるから、大人しくしてろ」
「すまんすまん。しかし、それがもう一度食えるなんて俺はラッキーだぜ」
(そう言えば、焼き鳥を振舞ってやったのはもうだいぶ前になるな)
合同訓練が終わったら、マークを含めた食いしん坊たちにまた何か振舞ってやろう。そんな事を思いながら、土属性魔法で簡易コンロを作り、火属性魔法で火を生みだして、さあ焼いていこうとした時、俺の両肩が、それぞれ同時にガッシリと掴まれた。
「「それ、私たちにも食べさせてもらえる?」」
俺の肩をガッシリと掴んでいたのは、満面の笑みを浮かべたイザベラ嬢とクララ嬢だった。
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