第31話 12/2001・隣に居る者

 ケヴィンは再びエッカルトの方へ歩みを進める。

 何をするつもりなのか、と好奇心丸出しで金髪男子がすぐ後ろにつき、栗髪男子が控えるようにその後ろから付いていった。

 エッカルトは全身に打撃を受けズタボロである。

 ケヴィンはそんな彼に向けて手をかざす。

 そして一つの魔法を行使し始めた。


「『拡げ、傷を塞げ』――範囲拡大・簡癒」


 “簡癒”魔法はそれほど深くない傷を癒す魔法。

 ある程度深くても複数回や継続行使によって癒すことができる治癒魔法の基本だ。

 ケヴィンはそれを“範囲拡大”によって全身に行き渡らせる。

 範囲拡大は単独では何も効果が無い呪文なのだが、他の魔法と組み合わせる事によって対象範囲を拡大することができる補助魔法の一種である。

 それをエッカルトの表面上の傷が全て消えるまで行使し続ける。

 少し離れた場所では再度近づいていたベニタが、治癒魔法師志望者たち相手に話をしていた。


「はぁい。

 みんな、今のケヴィン君の魔法を見ましたねぇ?

 あんな感じでぇ、範囲拡大を上手く使えればぁ、一つの治癒魔法を何回も掛けるよりもずっと精神力消耗を抑えられまぁす。

 でもでもぉ、範囲拡大は扱いが難しくってぇ、下手をすると際限なく拡大して消耗が雪だるま式に増えちゃいまぁす。

 覚えておきましょうねえ~」


 ベニタは先程の撲殺未遂に関しては何も言うつもりはないようである。

 変わらず微笑みをたたえたままだ。

 さらにケヴィンが治癒魔法を使った事を、自分の講義に利用している。

 何とも抜け目ない性格をしている、と魔法行使中のケヴィンは思ったものだった。


 その後、傷が消えた事を確認したケヴィンは、ついでに浄化魔法までかけてからはエッカルトの頬を軽く叩く。


「おい、起きろ」

「…………う、う~ん……。

 ………………………………。

 ヒ、ヒィィィィィィッ! や、止めてくれえ。

 ころさないでくれえぇ……」

「……安心しろ。もうそんな気は失せた。

 けじめを付ければそれでいい」


 目を覚ましたエッカルトが最初に見たのは右目を布で覆った銀髪の死神。

 その事に気付き端から見て可哀想なくらいに怯えを見せる。

 周りの生徒たちはケヴィンの言葉を受けて「やっぱりやる気だったんだ……」とさらに顔を白くしていた。

 エッカルトはその言葉を聞いてケヴィンの表情を窺う。


「け、けじめ?」

「そう、けじめ。

 端的に言うと謝罪だ」

「謝罪……?」


 エッカルトが頭に疑問符を浮かべている。

 それが分かったケヴィンは再び拳を握り彼を威圧しながら理由を説明することにした。


「お前は、何一つ正しくない誤情報に踊らされて師匠の事を貶めた。

 ――――理解、したか?」

「あー、ついでに言っておくとエッカルト君よ。

 そこなケヴィン君に限らず、さっきと同じ事言い触れ回ったら、たぶん同じ目に遭うからな」

「――わ、分かったっ。

 僕が悪かった、だから――」


 ケヴィンが握った拳と、金髪男子の意図的な低い声での脅しは効果てき面だった。

 エッカルトは素直に謝ろうと頭を下げ始めるが、そこでケヴィンに襟首を掴まれ面を上げさせられてしまう。


「なっ、何をする⁉

 僕はちゃんと謝罪を……」

「――違う」


 この場にいる全員が、謝ろうとしているエッカルトを止めたケヴィンの行動に疑問を持った。

 一体何が違うと言うのだろう、と。

 その答えはすぐに判明する。

 ケヴィンは掴み上げたまま、エッカルトの向きが変わるような動きをし始めた。

 その向きは――北東。

 ケヴィンは手を放しその方角へ指を向け、エッカルトを諭し始める。


「お前が謝罪するべきはオレじゃなくて師匠だ。

 だから、お前が謝罪するのはこの方角の先にある師匠の墓に、だ」

「――――」


 ケヴィンのこの言葉で、賢者ワイスタが既に故人である事を初めて知った生徒たちは多かった。

 エッカルトもその一人。

 彼に死者を冒涜する気持ちは無かったのか、わなわなと震えて首を横に振っている。

 この世界では命は簡単に失われてしまう。

 そして魔族に殺されてしまった場合、

 故に、せめて生者は死者の事をでき得る限り覚えておこうとし、悼む気持ちに限りがあってはならないとされていた。

 例えそれがどれだけの悪人でどれだけ憎まれていたとしても。

 その意味で死者への冒涜は人として恥ずべき最低の行為だと、あらゆる人間が教えられて育つのである。

 自分の行為の愚かさの、ケヴィンが怒りに満ちて攻撃してきたことの、理由を思い知らされたエッカルトはケヴィンが指し示す方角へむけて震えながらも頭を下げる。


「ぼ、僕が間違っていた……っ。

 申し訳、ない……っ。

 もうしわけなぁいぃーーーーーっ!」


 エッカルトは段々と涙声になりながら、謝罪の言葉を連呼する。

 彼は最終的に跪いて頭を地面に擦り付けていた。

 ケヴィンはその姿を見て、けじめは付いたと判断しディックのいる方角へ向き直る。


「――ディック教官」

「おう。

 そんじゃ、これで終いだな。

 オラ、取り巻きのガキども。

 さっさと坊や連れてベニタさんのトコ行って来い。

 小僧の魔法じゃ骨折は治せないんだからよ」


 ディックに言われ、取り巻き生徒らが急いでエッカルトの元へ駆け寄る。

 そしてそのまま憔悴している彼を引き摺るように移動し始めた。

 その際にディックは一つ思い出した事があり付け加えるように連中に向けて叫ぶ。


「坊やとその取り巻き連中な、次からは未経験者組に参加させて1から鍛えなおしてやるから覚悟しとけよー!」


 去って行く連中はビクッとするが、教官に逆らう気があるはずも無く了承を告げてそのまま移動していった。


 その光景を遠目に見つつ、ケヴィンは一息つく。

 そこに金髪男子が手を振り笑顔で話し掛けてきた。


「よっ、お疲れ。

 自己紹介がまだだったな。

 俺はレナード・ディン・メリエーラ。

 この国の第3王子。よろしくな」

「第3王子……?」


 ニカッと笑いながら名乗りを上げるその人物はなんと王子様だったらしい。

 ケヴィンよりも背が高く、やや筋肉質な体つきをしており、如何にも前衛が似合いそうではある。

 だが王子ともあろうものが、前線に立とうとするものなのかとケヴィンは訝し気にレナードを見る。

 ケヴィンの視線の意味に気付いたレナードは翠目をニンマリとさせながら答えを言う。


「さては、俺が前衛組にいることを不思議がってるな?

 俺はいいんだよ。

 ウチの王家はちゃんと王太子の長兄がいるし、次兄だっているからな。

 俺の立場なんて気楽なもんだ。

 それに剣を振り回していた方が性に合ってるからな」

「その立場を弁えて頂きたいと何度も申し上げているのですが……?」

「固い事言うなよ。

 あ、こいつはアレック。

 俺の付き人兼護衛、んで伯爵家の跡取り」

「……アレック・ウォルシューだ。

 一つ言っておくが、殿下に仇なす者には容赦せんからな」


 おそらく先程のケヴィンが攻撃してきた事を根に持っているのだろう。

 吊り上がった目で警戒するような厳しい視線をケヴィンに注いでいる。

 アレックは身長がレナードと同じ位ではあるが、彼よりさらに筋肉質。

 しかも顔が大きいので威圧感としては十分。

 護衛役というのも納得できる風貌だった。

 とりあえず、先程のことは誤解があるとの説明をケヴィンはし始める。


「改めて、ケヴィン・エテルニスだ。

 先程は攻撃してしまってすまなかった。

 オレは右目がこうだからな。

 右側から予期せぬものが近づいた場合、反射的に攻撃してしまう。

 師匠との修行の結果そうなってしまったんだが、その事で気を悪くさせてしまって申し訳なく思う」


 ペコリ、と素直に自分の非を認めて謝るケヴィンの姿に二人は一瞬呆気にとられる。

 しかし後にはレナードがまたニカッと笑う姿があり、アレックは多少顔を逸らして仏頂面になっていた。


「そんなの別にいいって。

 お互い水に流そうぜ。

 アレックもいいよな?」

「……自分は殿下がいいのであれば何も申し上げる事はありません」

「本当に固いよな。

 なあ、ケヴィン。

 お前もそう思うだろ?」


 レナードはケヴィンの左側から肩を組み、頭同士を近づけながら同意を求めてきた。

 初対面の相手にする事にしてはずいぶん馴れ馴れしい行動。

 だが当のケヴィンは特に気にした風もなく問い掛け応じている。


「いや、オレはそういうのよく分かってないから」

「お前もか、つれない奴だ。

 ……少し真面目な話なんだがあの連中、あれで終わったと思わない方がいいぞ。

 まあエッカルトは既に折れてるだろうが」

「……どういう意味なんだ?」


 馴れ馴れしい行動の本意はこの話題のためにあったらしい。 

 自分の知らない事情を教えてくれるらしいと悟ったケヴィンは、大人しくレナードの話に耳を傾ける。


「あの連中、全員ルヴェン王国からの留学生なんだが、その国はやたらと差別主義に凝り固まっていてな。

 幼少からそんな考えに染まってるから、とにかく人を見下す傾向が強い。

 特にケヴィンの格は低いから、事ある毎に突っかかってくると思うぞ」

「はあ、何とも暇な連中なんだな」


 レナードの話はワイスタのルヴェン王国に対する態度と合致するものだったので、ケヴィンはすんなりそれを受け入れる。

 レナードはケヴィンの感想が面白かったのか、つい笑ってしまう。


「はははっ。

 そうそう、頭の中ずっとお暇状態なのさ。

 ――っと。これは仮の話なんだが。

 さっき言ったお国柄故、連中はエッカルトぐらいまでいかないにしても、賢者殿を下に見る発言をする可能性はまだある。

 もしそうなった場合、今度はお前どうする?」


 先程ケヴィンを制止するために行動したレナードの言葉である。

 それの意図するところはケヴィンにも容易に知れた。


「……実力行使はするな、と?」

「できればな。

 今回のエッカルトの件はまだ問題がない。

 何しろ、戦技時間の正式な模擬戦闘中であり、あいつが全部悪いからだ。

 だがそれ以外の時と場合で、となると話が変わってくるぞ。

 “賢者の弟子が私闘で相手を傷つけた”なんて風評を立てられたくはないだろう?」

「それは……確かにそうだ」


 つい先日賢者の名前に傷を付けないと誓ったばかりである。

 それを自らの行いでやっていては本末転倒というものだ。

 頷くケヴィンを見てどうやら、今後の実力行使は回避できそうだと安堵したレナード。

 後はただ好奇心からケヴィンの答えを聞いてみようとする。


「分かってくれるか。

 なら再度質問だ。

 その時になったらお前どうする?」

「そうだな……」


 ケヴィンはこめかみに指を当て何事かを考える。

 そしてあまり時間も経たずに答えが出たようだ。

 ケヴィンはレナードと組んだまま、真っ直ぐ見据えて返答する。


「そうなった場合はこっちで言葉を尽くすしかないかな」

「まあそうだろうな。

 しかし、それで相手が納得するか?」

「そこは

 オレだけじゃなくて、学園長やウナせんせーと一緒なら何とかなるだろ。

 いや待てよ、むしろウナせんせーだけに丸投げした方が上手くいくかも?

 あの人、師匠の熱烈な信奉者らしいから、納得するまで絶対に放そうとしないだろうし」


 ケヴィンがこの台詞を口に出したその瞬間、校舎のどこかで「へっくちゅ!」というくしゃみが聞こえたとか。

 何も考えつかなかった場合、密かに王家を頼らせる方向でいたレナード。

 だが周りを利用する気満々のケヴィンに思わず笑いがこみ上げてしまう。


「あははははっ。

 そりゃ逆にいじめだ。

 でも普段上にいると思っている連中を、さらに上から抑え込むってのは悪くない。

 何だったら、王家からも口出ししてやるか?」

「そいつはいいな。ぜひ頼む」


 肩を組んだまま視線を交わしてニヤリを笑い合うケヴィンとレナード。

 後に、相棒と呼び合う二人の始まりはここから。

 この時、二人は心の底から笑い合っていた。

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