第3話 魔具
神暦4502年・統王暦2975年 6月14日
大メリエラ都市ヒスロン東部 王立第4病院・特別病棟10階特別S室
一夜明けて早朝、男は再び目を覚ました。
昨日同様、出来ているはずの事が出来ていない為違和感が拭いきれない。
医師のマーティンと看護のアマラ、二人とのやり取りを経て分かっている事は、今は焦ったところでどうしようもないという事。それは男も理解しているのだが、現状が「自分ではない」と考えてしまう自己主体の問題なので、気分が悪いどころの話ではないのだ。
男の本音としては、今すぐ叫びながら思いっきり駆け出したいくらいである。
だが、如何なる方法によってなのか分からないが寝台に拘束されている以上、それも出来ない。
もっとも昨日起きた事、“暴走”とでも言おうか、それを考えれば仕方ない事なのだが。
結果、男に出来るのは思考することだけ。
なるべく暴走の原因事は思考の脇に置きつつ、男は昨日の事を振り返る。
最も目立ったのは暴走の事で間違いはないが、男にとって興味があるのは別である。
あの暴走の中、激しい頭痛に耐えながら次第にぼやけていく視界。そこにおそらくマーティンであろう者の両手が光を出し、男を包んでいったのをうっすらと覚えている。
あの光が暴走を鎮めた。あの光は何だったのだろうか。どういう方法によって光を出したのだろうか――
湧き出る興味の中、男は気分の悪さを忘れていた。
しばらくして昨日何度か聞いた「ピルル、ピルル」という連続音が室内に響く。
このまま待っていれば昨日同様アマラが声を掛けながら入室してくるのだろう。しかし、男にとってそれは何だか無駄な時間のように思えた。
ふと思い立ち、男は昨日のアマラの真似をしてみることにした。
「どうぞ」
すると2回目の連続音を待つ事なく、扉が開きアマラが入室してきた。相変わらずその男に接する時はふんわり微笑んでいる。
「おはようございます~。昨日も思いましたけど早起きなんですね~」
「自分では分からないが……多分以前からの習慣なんだろうな」
実際、男に眠気は残っていない。それどころか体を動かしたい気持ちで一杯なのだ。
アマラはそんな男の状態を確認して満足気に頷いていた。
「昨日、先生からお話があったように本日教会から来客があります~。こちらにいらっしゃったことのある教会の方々は、皆さんお優しい方ばかりなので安心してくださいね~」
「分かった。ところでアマラ、でいいのか? 聞きたい事があるんだが」
「はい~結構ですよ~。なんでしょう~」
変わらず微笑みをたたえてアマラは質問に応じようとする。しかしその内心は。
(どうか無難な質問でありますように。昨日のような事が起こりませんように。あとついでにマーティン先生早く!)
という考えが占めていた。しかし彼女がそう思うのも仕方ない事だ。
あの暴走の最中、彼女は寝台の機能の一つである拘束機能を最高段階にまで引き上げている。それはどんな屈強な軍人でさえ指一本動かす事すら困難になる程の拘束。
それを今アマラの目の前にいる男は、体全体で痛みに耐える動きをしただけでなく、引き千切ろうとすらしたのだ。
そんな状況、彼女でなくとも何度も味わいたいものではないだろう。
「昨日の……あの暴走の時のことなんだが」
「⁉」
思わずアマラは身構えた。ちょっぴり負の表情を出していることに気付いていない。
「マーティンの掌から光が出ていたように思う。あれがオレを癒してくれたと思うんだが、あれが何か知っているか?」
「……あ、ああ! そうアレですね。あの時の光は治癒魔法です。魔法についての知識は持ってましたよね。昨日の問答の中にありましたし。マーティン先生は治癒魔法の扱いについて一目置かれてるんですよ」
あからさまにホッとした表情で一気に喋りまくるアマラ。完全に素の状態だった。先程の動揺がまだ収まってないらしい。
「分かってる。自然にない現象を作り出すことだよな。
そうか……あれが魔法なんだな」
魔法に対して何か特別な思いがあるのだろうか。男は再びあの時の光景を思い返していた。
そこに昨日も聞いた声が割り込んできた。
「正確には、魔具を使用した魔法治療行為、ですけどね」
言いながらマーティンが入室してくる。その顔は昨日と同じく探求心に満ちていた。
アマラはマーティンの登場に安心感を覚えつつも、苦言を呈すことは忘れない。
「マーティン先生。何度も言うようですけど、入室時はノックをですね」
「ああ、すいません。興味深い話題になってたようなのでつい」
どうやら入室前に鳴る連続音はノックというらしい。
そんな事を考えながらも男は別の事をマーティンに質問する。
男は考える。これは自分にとって優先事項だと。
「魔具……? 魔法とは何か違うのか?」
「魔具とは魔法現象を生み出す道具の事です。魔具を扱う事によって誰でも簡単に魔法を行使できるのが、今の世の中と言えるでしょう」
「ふむふむ、例えば?」
「身近なところですと、私やアマラの耳に着けている魔具。これは通信用です。離れた場所にいる人と話すことが出来ます。
その他には……貴方様が身を預けている寝台や寝具も魔具です。大変申し訳ないのですが、身体を拘束する機能が含まれております。勿論それだけではないのですが。
あとは、部屋の奥にある円形の台ですね。あれの効果はいつかお見せできる機会もあるかと思います」
「へえ……!」
男の表情には明らかな喜色が浮かんでいた。
間違いなく青年と言えるその男だが、今は少年のように目を輝かせて聞いた話の内容を咀嚼している。また言われた円形の台というのを探して部屋の奥の方へ視線を向けていた。
そんな様子を見たマーティンはまたしても調子に乗ろうとするのだった。
「誰でも簡単に、とは言いましたが。現実には魔具を扱うための厳格な規則や法律が存在します。
例えば昨日私が使用した魔具、名称を“医の手”と言いますが、これを仮にアマラが身に着けたとしても治癒魔法は行使可能のはずです。
しかし、医の手を使用するには“魔法治療行為免許”、通称・魔法医師免許が必要と定められております。
ですので、免許を持たないアマラは結果としてこの医の手を使用することができない、ということになるのです」
ここまで話してマーティンは、男の様子を見守る。
男は頷きつつ思考している。
それをマーティンは興味深げに観察する。
そしてアマラは、昨日の事で懲りてないのかと、医師をジト目で睨むのだった。
「そうか……制限なく魔法が使えてしまえば、世界から秩序が失われるのか」
「まさしく、その通りです」
出来の良い教え子を見たかのようにマーティンは満面の笑みを浮かべた。
あそこで話を区切ったマーティンの意図を、男が正しく理解したと分かったからである。
「例えば、他者を攻撃する魔法なんてものが誰でも簡単に使えるようになってしまえば、世界はたちまち荒廃するし……」
「誰でも治癒魔法を気軽に使える世界は、命そのものを軽視するか、一つの命が延々と生き続けようとするか、の二択でしょうね。
いずれにしても、人の分というか枠というものを大きく踏み外すことになるでしょう。
神がそれを御許しになるとは、とても思えません」
マーティンは目を瞑り首を横に振った後、胸に左手を当てながら頭を下げる仕草をした。
その所作をなんとも堂に入っていると感じた男は、一つ閃きマーティンに尋ねることにした。
「マーティン、その動作は……?」
「ああ、これですか。今のはロムス神へ祈りを捧げる時に行うものですね」
「祈り……。もしかしてマーティンは教会の関係者なのか? それが理由で今日、司教だったか、そんな人が来るのか……?」
意図せず、男の観察力や洞察力の一端を知る事が出来てマーティンはさらに上機嫌になったが、返答は男の意を完全に沿うものではなかった。
「えーっとですね。まず私がロムス教会関係者という推測は正しいです。私はこれでも助祭位を賜っておりますので。
ただ、本日お越し頂く方は別件です。これは元より貴方様に関わりある事。私の意思に関係なく予め定められていた事なのです。
これ以上は私の口から申し上げる事はできませんので、ご容赦ください」
マーティンは初めて会った時のように恭しく頭を下げる。
(どうやら、その司教とやらが来る事だけでも複雑な事情があるらしい。できれば事態が改善してほしいものだが……)
男がそう考えるのを見越したわけではないだろうが、変化を告げる音が部屋に響いた。続いて男性の声が聞こえてくる。
「マーティン先生。教会の方から通信が入っております。お繋ぎします」
「え、はい……?」
マーティンの方を見ると頭に疑問符を浮かべている。どうやら予定外の事が起きたらしい、と男は当たりをつけた。
そして部屋に女性の声が響き渡る。まるで魔具を通していないかのように澄んだ声で。
「こちらはロムス教会パルハ大神殿です。
私は大メリエラ第一王女、ミリアム・ディン・メリエーラ。
これよりそちらへ転移しますので、転移台周辺から退避して下さい」
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