案外普通の冒険譚~忘却賢者は日記で己を取り戻す~
福良無有
プロローグ 2001+1/2001
「その世界で大きな戦いがあった。人と魔、各々の生きる道、それを定めるための大きな戦いが。
気が遠くなるほどの長い年月続けて続けて……その果てに、私たちは生きている。
かつての姿と比べてこの世界は平穏だ。いずれ、人々の記憶からその戦いは失われていくことだろう。
だが今いるこの世界こそ、遥かな昔に神が望んだ姿そのものであるということを我々は忘れてはならない。
故に遺したかったのだ。あの『冒険譚』を」
トレジィ・サイノス著「回顧録」序文より
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「――みんな、……いや、これから先の事、頼む」
そう言ってその男、ケヴィン・エテルニスは仲間の前から姿を消した。
数瞬後その場所の中心から魔法の光が広がりを見せる。一度、城全てを覆うかのような巨大な光が立ち上った後段々と収まっていき、光は消えたかのように見えた。
所変わり、人族連合軍の本陣では今しがた現れた光景の正体が掴めず、混乱の極みにあった。
「今の光は何だ!」
「魔法の光と思われますが詳細は不明! 城も形を保っています!」
「知覚班、状況を報告せよ! 扉は? 魔力は?」
「扉は勢力範囲を保ったまま健在!」
「魔力、先刻より現れた極大反応と光が出る寸前の同規模反応、両者とも消失!」
「敵集団の数も変わらず、戦闘状態継続中!」
「ええい、一体何がどうなっているというのだ!」
大声が飛び交う中、凛とした声が響く。
「皆様、落ち着きを。あれは……そう、勝利の光と呼べるものです」
「貴女様は⁉ いや、それよりもあの光が何なのかご存知なのですか?」
「はい。あれはケヴィン・エテルニスによる魔法の光です」
「エテルニス? 賢者の後継者……彼があれを」
賢者という言葉に周りが少しざわめいた。世界に生きる人々にとって賢者の称号とは、魔法を扱う者の頂点の事である。今この場で聞こえるその称号には希望を感じさせる響きがあった。
「そうです。出立前に教えてくれました。一度きり、あらゆるものを封じる魔法がある、光が溢れたらそれと判断して欲しいと」
「そんな魔法が……」
「先代賢者晩年の秘奥、と言っておりました。ですのでこれより先、扉から敵が現れることはもう無いのです」
「だから、勝利の光、であると……」
そこまで静かに指揮官と女性二人の話を聞いていた本陣の者たちが、堪らず声を上げる。
「と、いうことは……私たち、勝ったんですね!」
「う、うおおおお! やったぜーーーーーーーー!」
「こ、こら、お前たち騒ぐな! まだ戦いは終わっておらんのだぞ!」
沸きかえる本陣。その様子を安堵の表情で見つめながら、女性は誰にも聞こえぬ声で呟く。
「やはりあの子は、
それにしても、勝利の光、とは我ながら」
大した皮肉を言えたもの、と彼女は自らを嗤った。
その後程なくして戦いの趨勢は決した。
鳴り響く、戦いの勝利を告げる音。
今日ここに世界最大の脅威が封印されたのである。
残敵の掃討が終わりを迎え、少し前まで戦場だったその場所で、人々は歓喜の渦に包まれていた。
国を越え身分を越え種族をも越えて、人々は抱き合い、踊り、歌い、喜んでいた。我らの苦難は、今この時この瞬間を噛み締めるためにあったのだと。
勝利を祝う宴は続いた。夜遅くになってもまだ誰も切り上げようとはしなかった。
周り全てに喜びが広がる中において、ある一角だけは全く逆の雰囲気を出す空間だった。
そこは本来、此度の戦いの中心人物たちが集う天幕の中。とても戦勝を祝っている空気ではない。皆一様に顔を伏せ、項垂れるように腰掛けていた。
彼ら四人はケヴィン・エテルニスの仲間たち。近い将来“英雄”と呼ばれるであろう者たちだ。
世界中の英傑たちを揃え臨んだこの戦い。敵中枢たる最奥部に突入し生還できたのは彼らだけだ。結果として封印も成し遂げている。世界の人々にとってこの上ない成果であり、普段の彼らならばそれを理解し胸を張って歓声に応えている、そのはずだった。
だというのに、彼らの心境は暗かった。
世界にとって最上であるはずの結果。それが
無論、彼らとて知ってはいたのだ。この戦いで誰一人欠けることなく無事に終わらせる事というのが、極めて困難だったということは。それでも戦い続けてきたのだ。戦いの先にある平和を夢見て。
しかし、最奥部での最終局面。一目見て感じたあの絶望。
――「魔王」
予てより、そういう存在がいるだろうことは推測されていた。だからこそ、その場所は「魔王城」と呼ばれていた。
だが
圧倒的な存在格を纏うモノ。ヒトの身では決して辿り着くことのできない境地にいるソレ。現れた魔王は悠然とその場に佇んでいた。
奮い立ち勇敢にも立ち向かっていった英傑たち。それまで幾多の魔族を屠り生き延びてきた彼らを、魔王は、瞬く間に。
――消し飛ばした。
その光景こそが絶望で無くて何であろうか。少なくとも
結果として、そう結果としてその場は封印されただけ。
その事実こそが今彼らの背に圧し掛かっていた。打ちのめされていた。ある意味、心が麻痺していたとも言える。それは四人全員が今この場に居ない者について、全く話題に触れないことからも分かる。一度「その事実」を口に出してしまえば際限無く堕ちてしまうのではないかと、怯えていたのだ。英雄と呼ばれるべき四人が。
だからこそ、天幕を訪れた人物の言葉が、一層心に響いてしまった。
「――彼から託された手紙があります」
「は、はうえ?」
不意に訪れた女性の名はレイラ。その息子である人物もその場にいた。自らの母が何故現れ何を言ったか。ケヴィンの仲間の一人、レナードは何も考えていたくなかった。
そんな状態の息子を見ても彼女が見せる目つきは鋭い。そして肉親を思いやる素振りさえ見せずに話し続ける。
「……あなたたち。頭を上げなさい。前を向きなさい。今すぐに!」
「「「「――っ⁉」」」」
普段の彼女からすれば、有り得ない程の烈しさを伴った言葉だった。
彼らは俯きながらも戸惑いを隠せない。
「彼の、ケヴィンの仲間たるあなたたちには、彼の遺志に向き合う義務があるのです! それを……なんですかこの体たらくは?」
彼女は魔王を直に見てその身に絶望を味わったわけではない。故に、言葉が理不尽なものであることは本人にとって重々承知の事。
だがたとえ愛する息子に恨まれたとしても、今ここで言葉を止めるわけにはいかなかった。
それは手紙を託された彼女が、この場に居ないケヴィンへの唯一の手向けになると信じているからである。
短い時間とは言え家族同然に接してきた、彼への。
親しみを込めて特別な呼び方で返してくれた、あの子への。
だからこそ、彼女は突き刺すような言葉を重ねる。その瞳に涙を浮かべながら。
「あなたたちは今、事の次第の大きさに圧し潰されそうになっているのでしょう。それを忘れろとは言いません。ですがこれだけは言わせていただきます。
あなたたちが背負っているものの重さ、それは仲間のケヴィンを悼む気持ちすら塗り潰してしまうものなのですか?
あなたたちにとって、ケヴィンの存在はその程度のものだったのですか!」
「「「「――っ!」」」」
今度こそ彼らは顔を上げる。そして前を見据えると、そこには涙を流しながら言葉を発する彼女――女王レイラ・ディン・メリエーラがいた。
そこで彼女は普段の優し気な表情に戻った。そして愛する息子を見つめる。
「レナード。この場で決めなさい。今、この手紙を読むか否かを」
「母上……」
表情は優し気、だが気配は変わらず女王のまま。
有無を言わせぬ程の圧力。もし今読まない選択をしてしまえば彼女は手紙を闇に葬ってしまうだろう。そして二度とケヴィンの事を話題にすることはあるまい。
息子であるレナードには痛い程その気持ちが理解出来てしまった。
であるならば、彼の採れる選択肢は一つしかない。
「相棒である
震える手でレナードは母の持つ手紙を受け取る。それを見てレイラは目を瞑りレナードに頷いた。
『みんなへ』
その手紙にはそう書き始められていた。
『この手紙を見ているということは、オレがその場に居ないものだと判断する。考えにくいことだがオレが斃されてしまったか、あるいはどうしようもなく追い詰められてオレが最後の手段を使わざるを得なかったかのどちらかだろう。
おそらく後者だと思うので、その前提で話を進めよう。
まずは内緒でこのような手段を採ったことを詫びる。本当にすまない。
そしてその理由だが……この世界とお前たち双方に危機が迫っていたからだ。これはこれから挑む魔王城や推定・魔王のことを指しているわけじゃない。だからと言って無関係なわけでもないが。
魔王城や推定・魔王は、今まで通り時間をかけて物量で攻めればどうにかできる程度の問題だ。極論すれば数十万からなる世界各国の軍全体で魔法攻撃を仕掛けて磨り潰してやればいい。
だがオレの言う危機とはそんなことで解決できるものじゃなく、時間が問題だった。
結論を言う。その危機とは「勇者の出現」であり、そしてこれはいかなる運命の悪戯かとオレでも思うんだが、「レナードとミュリエルの二人が勇者候補」ということだ。
ロメスト大陸を思い出してほしい。昔、当時最大規模だった昏き扉から魔族が溢れだした。それを消滅させたのが「勇者」だが、昏き扉や魔族と一緒にロメスト大陸北東部も吹き飛ばされ、海の底に沈んだ。
つまり「勇者」とはヒトの守護者などではなく、世界の防衛装置のような存在なわけだ。
そこで問題なのは、現在魔王城にある昏き扉がおそらくその当時の大きさを超えるものだということだ。そこから魔族が溢れだし、レナードとミュリエルのどちらかが、あるいは双方共が「勇者」となってしまったら……大陸どころか世界の地表全てが消し飛んでもおかしくない、とオレは考えている』
読み進めていく内に、レナードは徐々に声を震わせていった。
彼の中で、まさかとかそんなはずはない、などの考えが頭をよぎる。しかし彼の冷静な部分は、他ならぬ相棒が不確かなことを言うはずがないと告げていた。
「そんな、そんな……私が、勇者?」
彼の傍にいた女性、ミュリエルにしても同様だった。口に手を当て青ざめた表情をしている。
彼女もケヴィンの事は信じている。故に、この時出た言葉は疑ったためではなく気付いてしまったからだ。ここに彼が居ない、その理由の何割かが自分にあるということに。
ミュリエルを支えるように後ろにいた女性、アンネも驚きで声を失っている。
普段ケヴィンとは軽口や冗談を言い合う仲ではあるが、こんな時まで冗談を言う男ではないと知っている。そして見守ってきた者として、仲間が絡むと彼がどういう行動をするかも十分に理解していた。
『この危機に関して、真偽を問う時間は残されてない。そして情報の出所も教えられない。オレにしか辿り着けない手段で得た情報だし、万が一にもその場所が知られるわけにはいかないからだ』
「おししょーさましか辿り着けない……? もしかして、むこ……」
小柄な男性、マルセロが何か思いついたように呟く。
彼も内心では驚愕に揺れていた。だが揺れる度に自らが定めた師の言葉が甦るのだ。どれだけ心揺れても頭は平静を保て、と。無意識の内に彼は思考する。
『長くなってしまったが、以上の理由から早急に解決する必要があるため、この手段を採ったと理解してほしい。納得はしなくていい。オレがこんなこと言うと、どの口が言うかって怒られるだろうし、な。
なお、この手段でオレが死ぬわけではないということは伝えておく。だが計算上、扉が消滅し封印が解ける為には千年単位の時間を要するはずだ。そしてオレは、封印の中から逃れることができない。
だから、これでお別れだ』
少しずつレナードが鼻声になっていく。
他ならぬ
『レナード。王子様らしくない接し方と陽気さに結構救われた。そして王族の皆と過ごした時間は楽しかった。いつでも仲間の先頭に立ち、オレの考えを理解して動いてくれた。お前は最高の相棒だ。
ミュリエル。世間知らずのオレによく付き合ってくれた。お前が見せてくれた気配りや優しさに触れられて、オレはヒトとして大事な部分が成長できたと、心からそう思える。オレがお前に願うのはただ一つ。どうか幸せに。
アンネ。いつでも飄々として本音をほとんど見せてくれなかったが、裏ではオレたちの至らない点を補ってくれていたことに感謝しかない。あんたの素性について、あんた自身がどう思おうが、あんたはオレたちの仲間だ。それを忘れないでくれ。
マルセロ。ふがいない師匠ですまない。これからはお前が賢者の後継者だ。その証としてオレの師匠から受け継いだ魔導書を授ける。そこにはオレの最後の手段についての詳細も記されている。公開するも良し、お前だけの糧にするも良し。自由に考え魔法と接するがいい。お前にはオレを超えうるだけの才能があるのだから。
最後に。
みんな、ありがとう。
仲間になってくれて。
一緒に旅をしてくれて。
オレの人生を彩ってくれて。
オレと出会ってくれて。
ありがとう。
神暦1502年6月1日 ラートルー郊外の宿にてこれを記す
ケヴィン・エテルニス』
「……っぐ、ぐぞぅ、ごういうどき、ばかり勝手、しや、がって。こ……の馬鹿相棒がああああ!」
そう大声で泣き叫ぶ者の名はレナード・ディン・メリエーラ。
将来、“英雄王”と呼ばれる男。
この先抱く想いは相棒が大切にしていたものを護る事。
たとえどんな手段を用いる事になろうとも。
いつか相棒が目覚めるその時まで。
「~~ぅあ、うぅああああああああ。やだ、嫌、だよぅ。ぅんく、ケヴィン……居ない。わた、私は、私はあああ、うわああああああん!」
子供のように泣きじゃくる者の名はミュリエル・マドレー。
将来、英雄王の傍らにあって“聖女”と呼ばれる女。
果たされなかった思慕はこの時をもって心の奥底に封ずる。
それは後の生、全てを彼の想いに報いんが為。
それが彼女を縛る鎖であったとしても。
「~~~~ぅんうん。ホント参ったよねぇ。そういうのってさ、年長者であるアタシの役割だよぅ。~でも、でもさ、許してあげないとね。なか、仲間のワガママ、なんだものねえ!」
強く堪えるように憎まれ口を叩く者の名はアンネ・ペーデル。
将来、“世界組織の初代総帥”となる女。
忘れるなと言われた。別れても逢えなくてもなお仲間だと言われたのだ。
ならば証明、してみせようと思う。し続けたいと願う。
自らは彼の誇れる仲間だったのだということを。
「ぅぅううう、オイ、オイラはぁぁああ。お、おししょーさまの、でしになれて、よ、よかっ、うああああああああ、おししょーさまぁぁああ!」
感謝の気持ちと共に涙を流す者の名はマルセロ・サイノス。
将来、“魔法科学の祖”と呼ばれる男。
師が認めてくれた才能は休まず思考を続ける。
だが今この時だけは、止める事の許しを請う。
一頻り心を哀惜で満たしたその後は、師の分まで魔法に寄り添う事を誓ってみせるから、と。
天幕周りにいた人、その目を憚ることなく彼らは泣き続ける。
悲しくないわけがなかった。
寂しくないわけがなかった。
それでも、
もう俯き下を向く者はいない。
その場で泣き声は高らかに響いていたのだから。
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