自見耕助の歩いた道 取締役就任

伊眉我 旬

第1話 取締役就任

「お父さん、社長から」

「直ぐ、お伺いします」


 お父さん、おめでとうございます。少し寂しくなるけど、時々来てよ。

 目で笑いながら、遠くに行くわけでもないし、美紀ちゃんこそ来てよ。


 親子の会話を後にして、自見は社長室に。泉課長が、自見君、いよいよ退職か、それにしてもよく社長に呼ばれるね。


 社長室をノックすると、大河原取締役と株主の古川氏が満面の笑みで、自見を迎えた。


「顧問、否、自見取締役、おめでとう」

「社長、大川様、大河原取締役、ありがとう御座います」


 自見の取締役就任はあっけなく承認された。勿論大株主の古川氏のバックアップもあるが、K市の真地間隊員自殺真相事案究明の活躍、遠藤専務退任の陰に自見の存在があることを、何時とかしか幹部の間に広がっていた。


 社長が、自見の取締役就任を取締役会で打診したが、誰も異議を唱えるものはいなかった。

 社長室から出た自見に、泉課長が、自見君長い間倉庫係ご苦労様、もう楽にしなさいよ、と皮肉たっぷりに声を掛けた。

 大河原が、

「泉課長、取締役に失礼だよ」

「誰が」

「自見取締役にだよ」


 本日付けもって、正式に取締役に就任された、部屋はこの階の取締役室だ。君も、取締役に協力して下さい。


 そう言って、泉課長の前を通り過ぎた。

 泉課長は、顔面が蒼白となった。



 * 二人の愛と出会い


「耕ちゃん、おめでとう。でも身体には気を付けてね」

「ありがとう、良子ちゃん、これからもお願いします」


 子供がいないこともあるが、幸助と良子は結婚してからも、二人だけのときは互いに名前で呼び合っている。一度も夫婦喧嘩したことはないが、一度だけ、自見が自分の待遇について不満を漏らしたことがあり、そのとき少し言い合いをしたことがあった。

 それは、24時間365日寝食を忘れて尽くしているのに、いつまでも警備課長、それに比べ、同僚が、次長、支社長に昇任していくのを、珍しく愚痴ったときがあった。


 普段から謙虚で、欲望を口にしない夫が。良子は、耕ちゃん男らしくないわよ、父、母が聞いたら怒るわよ。


 耕助は、御免、俺が悪かった。お義父さん、お義母さんに済まない、良子ちゃんを幸せにすると約束したのに、こんな愚痴を言うようでは。


 それからは、二度と口にすることはなかった。間もなく73才、私は6才違うから、まだ頑張りが利くけど。


 振り返れば、この45年の道のりは波乱万丈だった。出会いは、東京、二人はC大学の通信教育学生だった。

 耕助は、家庭の事情から高卒で就職したが、訳あって、トラック運転手となった。法律の勉強がしたくて、26歳で通信教育を受講した。

 そして、良子と出会った。N市の耕助、K市の良子、遠く離れていたが、二人の気持ちに迷いはなかった。当時、電話は黒電話、通話代を節約するため、頻繁に手紙を交換した。結婚するまでの、約1年8ヶ月間に交わした手紙は200通を超えた。



*   少し前の、中央道高井戸総合ターミナル物流センター受注合戦の状況


 大同警備、べコム、バルザック、大手3社が中心となって、中央道高井戸総合ターミナル物流センターの常駐警備獲得で、各警備会社は熾烈な争いを繰り広げた。が、委託側関係者は、正式に警備会社が決定するまで、事前の会合を固く禁じた。

 それは、この物件をマスコミが大きく取り上げた事にも依る。その衆人環視下で、委託側、受注側、双方の関係者が接触したとなれば、産業界のイメージダウンとなるのは必至だ。


 大河原取締役、大場管理センター長、財前経理部長、図師は、ホテルで作戦を練った。

 自見から、

 バルザックにこちらの手の内は知られている。しかし現警備システム、トラック識別認証システムに改良を加え、トラック位置情報システム、トラック積載管理システムが確立していることは、知らない筈だ。

 遠藤専務が、視察に来たときは、従来のシステムだけ説明するよう、事前に指示した。遠藤専務が、バルザックと繋がっていると分かったときから、社長と自見、大河原取締役は、システムに疎い遠藤専務を上手く利用した。

 大場咲秘書は、その古いシステム等をバルザック管理部に送信した。トラック識別認証システムは、大同警備独自のものではないが、警備室前を通過するとき、積載量に変化がないかどうかのトラック積載管理システムは大同警備が、大場管理センター長と共に開発した。

 また、トラック位置情報システムでトラックの現在地を正確に知ることで、到着時間、適正な積載量、またどの物流倉庫のどの荷物を積載するのが、効率的なのか、そして警備は単なる、出入管理だけではなく、各物流倉庫の管理状況まで把握していた。勿論、これは機密事項で、各隊員は厳しい訓練を受けた。

 バルザックは受注説明会で、自社の警備システムをアピールし、同時に大同警備のシステムも、説明に織り込むだろう。幸い、大同警備は、べコム、バルザックが説明した後の3番手、

 その裏手を取ろう。


 大手警備会社3社に警備料金に大きな差はなかった。委託側担当者は、バルザックがそれとなく、大同警備のK市総合ターミナル物流センターの警備システムに触れていたので、大同警備がまた同じシステムを、説明するのだと思った。

 しかし、新システムの説明を受けて驚いた。主任担当者は大場管理センター長の知己だが、受注と友情は別、私情を挟むことは絶対にない。が、このシステムは画期的だ、また大同警備隊員の高いモラル意識は、自分の耳にも届いている。

 詳細に検討された結果、大同警備が受注することとなった。その瞬間、大河原取締役、大場管理センター長、財前経理部長、図師の胸に熱いものが流れ込んで来た。図師は、自見に心から感謝した。この喜びの機会を与えてくれた顧問、顧問が、図師さん良かったね、大同会長も喜んでいるよ、そういう声が聞こえて来た。

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