第46話 ロボットと大事件 急
私の疑惑は、キムの語ったデモンキラー家の長男の態度で晴れました。要はデモンキラー家の長男が、エヴィルスレイヤー少年の差別意識を濃縮して素直さを取っ払ったような人物だったのです。家名が仰々しいと性格が悪くなるのでしょうか? ちなみにデモンキラー辺境伯はご高齢なので、その長男はいい中年です。
キムの悪意たっぷりの物真似によれば、デモンキラー中年は顎をしゃくらせながら
「くぃみらみらいな奴らを雇ってもいいと言ってるんだよ」
と言ったとか。君らみたいな奴らってどんな奴らなんでしょうね。
「……申し訳ありません。お屋敷にお仕えするに相応しい人はなかなか見つからず」
「嘘をつけ。お前はいつもそうだ。使えない奴ばかり寄越して」
そんなやり取りが続きました。キムによればいつも右から左に聞き流して平謝りの術を使うケイスケさんが口答えをしたのは、
「いつまでも独り身じゃあ幸せになれないよお嬢さん、家庭と子どもがあってはじめて一人前だ」
というキムに対する発言からです。キム自身はよくあるセクハラだ、セクハラ一つとってもセンスがない、と内心鼻をほじりながら聞いていたのですが、ケイスケさんが
「では家庭と子どもがあれば一人前なのですか? 私はそうは思えません」
と言ったそうです。キムを庇ったというより、ぽろっと口が滑ったようです。
「なに? 」
「家族がいてもダメな人間はいます。私のように。そう考えると、一人前の基準がわかりません」
「ふふん」
ケイスケさんが
「それはいくら呼ばれたからって自分が元いた世界から出てくような輩が作る家庭なんてろくなモンじゃないからさ。転移者だなんだと言われているが、君たちは外国人だ、この国の人間じゃあない。自国でどうだったか知らないが、生まれ育った祖国を捨てる輩にろくな人間はいないよ。魔王と戦っている間はどんな人間だろうと助けが必要だったが、今は平和な世だ。王国民のための王国を作らねばならん。たしかに君たちは良いものももたらした。だが君たちがもたらしたのはアイデアとほんの少しの技術だけ。あとは馬鹿でもできる労働力かな? アイデアを形にしたのは我が国の技術、ほんの少しの技術を発展させてきたのは我が国の文化だ。二世の間では異世界文明こそが自らの誇りというがお笑い草さ。異世界文化、異世界文明、そんなものは自国でやればいい。我が王国に存在するのは王国を尊重し学ぶ姿勢のあるものだけでいい。それこそ名前は改めて、歴とした王国民と仕事をすればいいんだよ。不満かね? 売春、窃盗、治安の悪化、同胞の行いを見れば当然の帰結だと思うがね」
よくもまあこれほど悪意の詰まった言葉を吐けるものです。異世界人材管理局に使用人を寄越せと要求した人間が。流石のキムもこの発言には開いた口が塞がらなかったそうです。
発言そのものも大概ですが、デモンキラー中年から見たケイスケさんは身なり正しい役人です。転生者は見てわかるものではありませんから、キムのことはただの金髪の、つまり異世界人の血を引いていない女性に見えていたはずです。差し出した名刺の名前こそ『ケイスケ・ミヤサカ=スミス』で、見た目は異世界人ですが、王国に馴染んでいないところなどそうなかったはずです。これ以上何を変えろというのでしょう。
✳︎✳︎✳︎
「一番ムカついたのはさ」
振り返ってキムは言います。
「王国に馴染もう、王国の文明を尊重しようってのはさ、ぼくらがご利用者様に言い続けてきたことなんだよ。ぼくらの仕事、全部なかったことにされて、ぼくらの日々のやるせなさを最悪の表現で言葉にされたことが、
キムの言うことは、恐らくケイスケさんも感じたことでしょう。
「その場で殴りかからなかったのが不思議なほど不愉快な発言です。私なら録音して然るべき場所に提出します。しかしケイスケさんは何故、夜襲と言う手段に出たのでしょう? ケイスケさん一人が犯罪者になってしまうではありませんか」
「……それはさ、誰かに訴えたら押さえ込まれるかもしれないし、その場で殴ったら大事な部下に迷惑かけるでしょ? 確実に相手にダメージを与えて、かつ周りに迷惑かけない方法っていったらさ、自分一人で改めて殴りにいくしかなかったんだよ、たぶん。我が父ながら不器用な人だね」
そう言ったのはエディーです。親子だから、というわけではないですが、その理屈は筋が通っている気がします。自分でコミュニケーションが苦手だの、お父様とうまくやれないだの言っているわりに、よくケイスケさんのことを理解しています。
「なんか怖い顔になってるよ、ダーリン」
エディーが言います。何か答えなければ。
「我が身の至らなさ、無能さに腹が立ちます。私には人の心がわかりません。むしろ傷つけてばかりです」
エディーが肩を震わせています。怒っているのでしょうか。ああもう私はシャットダウンしたままの方が良かった……。そう思ったのに、エディーは声を上げて笑いだしました。
「当たり前だよ! おんなじ人間だってわかりあえなくて、傷つけあって、ぶつかり合って生きてんだよ。いっくら高性能でもロボットにわかってたまるか! みんなわかんないよ心なんか。だから言葉を尽くしてわかりあおうとするんじゃないか。だから人の中で区別をつけたがるんじゃないか。だから人と違うことをこんなにも恐れるんじゃないか。誰も傷つきたくなんかないのに、相手の心がわかんなくて、わかんないから怖くって、傷つけあうしかないんだよ。そりゃ故意に傷つけてくる奴もいるけどさ。人の心なんかわかんないのに、くれた言葉が優しかったから、温かかったから、僕は君のことが好きなんだよ。傷つけたら謝ればいい、簡単なことさ。間違うのは悪いことじゃないよ」
エディーは手でキムを示しました。
「お父様の行動意味わかんないって人、ここにもいるよ」
「うるせーばかやろー! ぼくの隣でロボットを口説くな! 別に局長が意外と部下のこと考えてくれたことに感動なんかしてないもん! そして詰めが甘いんだよクソ上司! お前は自分だけ罪被って満足かもしれないけど、お前が罷免されてどこぞの馬の骨に職務引き継がれる可愛い部下の身にもなりやがればーか! 不良! 暴走族! エルフにも人間にもモテやがって! あのイケメンが! こんなことなら申し訳なさそうに残業持ってきたあの時にドロップキックかましておけば良かった!」
キムの魂の叫びがスミス子爵邸に響いたのでした。
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