第15話 万能の盾

「それで? 結局のところどの程度のレベルまで可能とされたんですか」

「……君は経験不足なのか。それともわし以上の戦場を経験してきたのか……」

「どうでもいいでしょ。そんなこと? 自分の力をとことん突き詰めれば、誰かの力が欲しいなんてそんな情けないこと、考えたりしませんよ。足らない部分を補うのかわたしたちギルドの冒険者のやり方ですから」

「冷たい女性だな」

「かもしれません。それで?」


 やれやれ、と額に手を当てて考え込み、ハイターはデスクの片隅にあったペンに手を伸ばした。

 それをとると、グラス置き、アンジュの持ってきた書類に数箇所、サインをする。

 面倒くさそうにほれ、と書類を元の封筒に戻し、投げてよこした。


「大したところまではできていないのが正直なところだ。スキルそのものは形式化され定型化されたものがある。それを付与することが可能だが、元の持ち主のように使えるようになるかどうかは……」

「それを受け取った者の基礎的な能力次第ということですか」

「そんなところだ。それで君が調査に来た目的だな」

「はい、コボルトの館に逃げ込んで冒険者がいます。それにちょっと貸し付けている債権がありまして」

「コボルトの館、か。あそこは難易度が高い、攻略するつもりか?」

「攻略なんてそんな。ただでさえS級の妖魔へと進化したコボルトたち……どれほどの数がいるかも分からないそれを相手にするなんて。それこそ勇者のスキルを手に入れるようなものでしょ?」 

「なかなかに嫌味を利かせた言葉だな。しかしそれも現実だ、この支部から人を出すことはできないぞ」


 分かっています、と封筒をテニスでアンジュは深く頷いた。

 これは極秘の任務だ。

 秘書課の自分が債権回収課の真似事をさせられているのだからーー地下支部の応援なんて考えられない。


「わしが答えられることなら教えてやろう。いちいち書類を調べるよりも楽かもしれんぞ」


 何を思ったのか、ギルドマスターは親切そうにそんなことを言い出した。

 その視線の先にあるのが自分の胸ではなく、同居人の女性に普段から貧相だと揶揄されるお尻の方に向いていたのは気のせいだろうか。

 頬に一筋の汗を垂らし、アンジュは返事をする。


「今夜とか、お食事とか……そういった特別な二人だけの状況でなければ……」

「今だって二人だけだろ? 勘違いするな、お前に興味はない」

「失礼ですね」

「そっちだって失礼だろう。なんなんだ、その地上の本部にいた時とはまるっきり別人のようなだらしない態度は? 何がどうなっている?」


 そう言われても、とアンジュは嘆息する。

 秘書課で一番若い彼女は、勤続年数だけで言えば秘書課の中でも、古参の一人だ。

 しかし年齢的に言えば一番下。

 上から下に流れてくる多種多様なお姉様たちのやりたがらない、雑務は全てアンジュに一任される。


 彼女がやらなければ後には誰もいない。

 それらは適当にこなしながら、アンジュはよく有給休暇を取得する。

 その有給休暇はもちろん、債権回収に当てられるから、よく休みがちなあまり使えない子。


 自分より先に入ったお姉様たち以外、後輩たちは大体そんな目でアンジュを見ている。それなのに、彼女はヘッドギルドマスターの大のお気に入りだ。

 後輩たちがやきもちを焼いて嫉妬から色々な嫌がらせをすることも多々ある。

 どこかで憂さ晴らしをしないと、心がもたない。


「ちょうどいいんですよ」

「だから何がだ」

「債権回収っていう名目で、逃げ回る債務者たちをぶん殴るのが。ストレス解消にはちょうどいいんです、だからいつもこの制服を着ている時は戦闘モードなんです、わたし」

「はあ……」


 うかつに手出ししたら痛い目にあいますよ?

 そんな意味を込めて素敵な微笑みを浮かべてやる。

 ハイター・ギルドマスターは何かまずいものでも食べたような顔をしていた。


「なかなか良い趣味でしょ?」

「最悪な趣味だと思うがな……。債務者たちもかわいそうに……まあ、いい。上と下で顔を使い分ければ、そのぶん秘密裏な活動の露出も抑えられるというものだ。その逃げ込んだ冒険者に関する情報は大体抑えているんだろう?」

「もちろんです。今ならまだ生存しているかも……」

「死にはせんだろうよ、あの館に入るコボルトたちが妖魔になったといっても、人を襲うような輩じゃない。むしろ歓迎してくれるはずだ」

「歓迎ですか? 悪い意味ではなくて?」

「まともな君の歓迎だ。もっと言えば歓待してくれるかもしれん。たどり着ければ、だがな」

「?」

「あの館のことはあまりよく知られていないから知らないのも当然だ」

「人工女神の資料には、大量のコボルトが聖霊から妖魔へと退化した、とありまして……」

「そうだろうな。守るべき家の主を失った聖霊は、聖なる存在から一般の妖精へと退化してしまうことがある。ただそれだけのことだ邪悪ではない」

「辿り着くことができればってどういう意味ですか」


 ハイターは、立ち上がるとウイスキーの瓶を魔法で空中にかけてふわふわとアンジュの方に寄せてきた。

 グラスを差し出すとなみなみとウイスキーが注がれ、彼の元へと戻っていく。

 そしてハイターのグラスまで満杯にして、瓶はもとあった場所に着地した。


「魔法だと思うか?」

「魔法じゃ、ないんですか?」


 もしかしてと思い、机が目の端に入るくらいの位置にまでアンジュは視界を移動させた。

 ちらっと目の端に動く何かが目に着いた。

 薄緑色の肌をした金髪の二人の少女がそこに微笑んで立っている。

 妖精だ。

 地上世界にいればすぐに気がついたのに……。地下世界にはまだまだ多くの古い古い魔法が残っているからあえてそれを目にしないようにと思って制限する魔法をかけたのが裏目に出た。


「見えるか?」

「はい、見えました」

「双子のドルドのエルフの秘書たちだ。こういった感じに人の目をくらます魔法を、妖精たちは当たり前のように使ってくるぞ」

「じゃあさっきわたしの体を見ていたのは……」

「わしの秘書たちが、その辺りで微笑んでいたからな。微笑み返していた」

「いたずらが好きなのね。つまりコボルト達もそういうこと?」


 グラスを掲げてハイターは半分正解だと頷いた。

 じゃあ残り半分は何なんだろう。

 両目にかけていた魔法を解くと、目の前にはアンジュと同じかもう少し背の低い見た目そっくりの幼い少女たちが、ハイターの隣に佇んでいる。


 ドルドのエルフね。

 ドルドーーつまり、彼が使っているテーブルの木材の名前だ。

 長い年月を経て命が宿ったのだろう、そしてもともと、エルフ……森の精霊は木々に宿る。

 とはいっても、一般的なエルフは人間と同じように肉体を持ち会話をして食事をし寝て起きて人間社会の中で生活をしている者も多い。


 生まれたばかりの純粋な存在だということだろう。

 そうなるとコボルトの館は……?


「古い存在は古い場所に住み着いて、大体そういった古い存在っていうものは何がしかの力を持つ。この世と別世界の間に存在したり、ひどいものだと時間と空間の間を行き来するものも存在するぞ」

「ということはあの館――まだ行ってないですけど。そこでは時間と空間の概念が存在しないってこと? だからたどり着けたら歓迎してくれるってそういう意味?」

「まあそれに近いな。わしは半分まで行って、どうにか帰って来たことがある」

「じゃあ。それを攻略した人もいるってこと?」

「最近ならお前の上司がそうだ。ダイアン様はバクスター様と一緒に色んなところを旅して、バカをやってそして今の地位がある。羨ましいことに強くて頭が良くて人望もある。本物の英雄っていうのはああいう方々のことを言うのかもしれん。少しばかり、わがまますぎるがな」


 グラスを置くと机の中からロケット型の何かを取り出して、ハイターはそれを卓上に置いた。

 よく見るとそれはペンダントで、上部を彼が撫でるとカチリと音がして、蓋が開いた。

 てっきり写真でも収められているのかと思ったら、そこには紫色のあまり目にすることがないある宝石が納められていた。


「これを君にやろう。持っていればどんな呪いも魔法も全く自分には効かない。その代わり、こちらからも干渉できない。そんな壁を作ってくれる代物だ」

「まさか……アステイラ鉱石!?」

「正解だ。博識だな、君」

「千年ほど昔に採掘され尽くしたって……習いましたけど、ある意味、万能の盾……」

「ここは地下世界だよ。上には無くても、下にはあることもある。かなり希少な存在ではあるがな。だが、タダじゃない」

「えっ……?」


 にたりと悪い笑顔を作ったハイターは、やはりエロオヤジかもしれなかった。

 

 

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