(4)

「げんじ、さま」

「桐鈴……それは」

「私、着物の虫干ししようと思って……最初の分を仕舞いに来たついでに、他にもないかって、確認してたら……」

 声が震えそうになるのを懸命に堪えながら、事実を伝えていく。緊迫している空気を感じ取ったのか、先ほどまで元気に吠えていたビワはすっかり大人しくなっていた。

「この衣が風呂敷に包まれて……桐箱の底に入れられていたんです」

「……」

「これ、私のですよね? 初めてお会いした時に、私が……地上の湖に沐浴に来てたら失くしてしまったってお伝えした、私の天の衣ですよね?」

 天の衣は仙術を掛けて使うものなので、込められた仙力の気配から持ち主が特定出来る。なので、今私が手に持っている衣は私の物だと確信しつつ……目の前で顔を青白くさせている弦次さまに問い掛けた。

「どうして、これがここにあるんですか?」

「……」

 私に向けられていた視線が、床の方へと落とされた。彼が息を飲んだ音が、いやに大きく響く。

「この家の蔵に仕舞っておくなんて、この家の住人以外にはほぼ不可能です。そして、この家の住人は貴方と私とビワくらい。普通の犬であるビワにそんな芸当は出来ないでしょうし、衣を探していた私にはそうする理由がありません。だから……これをやったのは、弦次さまですよね?」

「…………」

 黙ったままの弦次さまだったが、私の視線に根負けしたのか一つ大きなため息をついた。誤魔化しきれない、潮時か……確証はないが、そんな感情が内包されていたような感じがする。

「…………その通り、だよ」

 肯定の言葉が紡がれた瞬間、自分の喉からひっと引き攣ったような音がした。九割方そうだろうと思ってはいたが、はっきり告げられると言いようのない感情に潰されていきそうになる。

「お察しの通り……その衣を風呂敷で包んで、箱の底に仕舞ったのは俺だ」

「ど……どこで、この衣を手にしましたか?」

「……木の枝に掛かっているのを見つけたから、無断で持ち帰った。その後で、綺麗に畳んで、風呂敷に包んで普段使わない箱にしまった」

「……どうしてですか?」

「どうして、か?」

「そうです。どうして、私の衣を木の枝から取って持ち帰って、風呂敷に包んで隠すように仕舞っていたんですか?」

 天界の物には珍しい物が多いから、地上に持って行った品が盗まれたり奪われたりしたという話はよく耳にする。天界の宝を手に入れたいが為に、家族も全財産も失ってしまった……なんて話もあるくらいだ。

 だから、そうであってほしいと。天の衣がとても美しかったから思わず持って行ってしまったとか、売ってお金にしようとしたとか、目の前にお宝が現れて思わず魔が差したとか……そんな風に言ってほしいなんて思いながら、彼に畳み掛けた。

「……そうすれば」

「そうすれば?」

 悪意や意図はなかったと、出来心だと言って。私に、貴方を。貴方は困っていた私を助けてくれた親切な優しい方だと、信じさせて。

 そう、思ったのに。

「……あの衣が無ければ、天女や仙人は天界に帰れないだろう?」

「そうですね……ほぼ不可能かと」

「俺は……その話を、桐鈴と顔を合わせる前から知っていた。知っていたから、衣を隠して桐鈴を天界に帰れない状態にすれば、桐鈴が、地上に……俺の元に、いてくれると思ったから」

「……そんな」

 目の前がぐらりと傾いだ。足から力が抜けていって、立っていられなくて、へなへなとその場に座り込む。近寄ってきたビワの頭は撫でながら、弦次さまが伸ばしてきた手は拒絶の意思を持って振り払った。

「信じていたのに!」

「桐鈴」

「貴方は、困っていた私を助けてくれた、優しい人だって信じていたのに!」

「……桐、鈴」

「私が困っていた元凶も、貴方だったという事でしょう!?」

 今そんな事を言ったってどうしようもないのに。今、彼を詰ったって、意味がないのに。それでも、それでも……自分の中の確固たる何かが崩れ落ち砕け散ってしまったから、沸き上がる激情のまま言葉を投げつけた。

「……裏切り者!!」

 そう言い放った瞬間、弦次さまの動きが止まった。がっくりと項垂れるような姿勢になり、少し赤くなっている右手がだらりと体の横に垂れる。

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、彼の姿を見てずきりと心が痛んだけれど。でも、その何倍も何十倍も、悲しみと苦しみの方が大きかったから。勢いをつけて立ち上がり、弦次さまとビワに背を向ける。

「衣を見つけましたから、もう私がここにいる必要もありませんね。そもそもの原因が貴方だった訳ですからあれですけど、まぁ、今まで置いてくださった事自体はありがとうございました」

 弦次さまは、何も言わなかった。何も言わなかったし、私の方へ目を向ける事すらしなかった。

「……さよなら」

 これ以上言葉を連ねたら、きっと私は聞くに堪えない醜い事ばかりを言いそうだったから。だから、それだけを伝えた後で、必死に吠えているビワの声は聞こえないふりをして衣を使った。

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