パルス・ライダー
細井真蔓
パルス・ライダー
簡単に言ってしまえば、私は超能力者としてその人の頭の中に入ることになったのだ。
その人は、名前は伏せるが、よく聞く多重人格というものらしく、専門でない私には詳しいことはわからなかったし、実際会ってみても、何かどこかちょっと変わった人のような印象しか受けなかったと思う。もちろん私はその人しか知らなかったので、他の人がどうなのかは知らない。知らないことで文句を言われる筋合いもない。私だって、世間からどんな風に見られているか、もう考えないようにしている。
その人の頭の中は空っぽだった。空っぽの中に、ときどき畑のようなものがあった。そんなふうに耕された感じの場所があった。そこには必ず何かが立っていた。
はじめにあったのは一本の杭だった。片手で指が回らないくらいの太さで、表面がかなり毛羽立っていて、檜のようなにおいがした。
私はこんなことをいつもしているのかというと、そうでもない。こんな風に人の頭の中に入るのも、実はまだ三回目くらいでしかない。それが今こうしてこの人の頭にお邪魔しているのに、特に理由があるわけでもない。いきさつを話せと言われれば多少は話すが、これといって話しておもしろいような内容もない。
少し歩いて次の畑に立っていたのも、同じような杭だった。もっと滑らかで、百日紅の木を思い出させた。しかしそれはもっと黒っぽかった。においはしなかった。
三番目には、パラソルが立っていた。乾いて埃が積もっているようだった。部屋の中にたまるような柔らかい埃だった。特に立ち止まることもなく通り過ぎた。
次には木馬があった。地面に突き立っていないものははじめてだった。妙な違和感を感じたのは、きっと見慣れていなかったせいだ。まるでヨーロッパの方の古い映画やなんかに出てくる感じのものだった。全体的に色褪せているみたいだった。
その次に立っていたのは人だった。遠くから見ると表情が影になってよくわからなかった。けれど体がこっちに正面を向けていたので、私を見ていたのかもしれない。近づきたくなかった。ここまでずっと一直線に歩いてきたので、そこで九十度向きを変えることにした。気味の悪いものには近寄らない。特にあんなふうな、派手なレインコートを着ているような人に、まともな人はいない。それになんだか、私を見て笑っているような気がする。これ以上見ない方がいいと思う。近づかない方がいい。笑っているような気がすることは特にどうでもない。ただ怖いのは人並みに苦手だ。笑われるのには慣れている。
左に直角に折れた。畑のようなものはしばらくなかった。空の方はずっと真っ白を伸ばしていたが、しばらく歩くと、地面に海のようなものが見えてきた。遠くに見えていたと思ったら、二十歩ほどですぐ足下にやってきた。海のように見えていたものは、大きな畑だった。周りを見渡してみても、遠くまで目をやっても、畑の他には何も見えなかった。なんとなくそこに足を踏み入れるのには抵抗があったので、どこまで続いているのかわからなかったが、とりあえず迂回することにした。
畑の縁を歩いているときに、あることに気が付いた。いつのまにか、その辺り全体の空間が急に狭くなったみたいだった。さっきまで果てもなく続いているように見えた景色が、極端に縮まってきたような気分だった。目の効かない真っ暗闇を手探りで歩くときの圧迫感に似ていた。
太陽がのぼった。とつぜん地面が黄色くなった。真っ白だけだった空間に、急に生命のような雰囲気があふれた。圧迫感は消え、ふたたび地平は遙か彼方に伸びた。
なんとなくわかった気がしたのは、特に意味もないんだろうということ。人の心にあるのは、こういうそれっぽさなんだなと思った。初回のあとは少し間をおいて、だいたいふた月くらいしたら、もうちょいちょくちょく面談をするらしい。次回が少し楽しみだとも思うが、あの気味の悪い人に会うかもしれないのは、けっこう気が重い。それに、こんなことに意味があるのか、それもよくわからない。ただ、お金はけっこうもらっているので、それを考えると、やる気の方が少しだけ勝つ。
パルス・ライダー 細井真蔓 @hosoi_muzzle
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます