第6話

 とりあえず、俺はこの国にある娯楽施設の一つである『闘技場』へと足を運んだ。ここはその名の通り戦いを行う場ではあるのだが、戦うのは主に異世界人で相手は同じ異世界人であったり生け捕りにした魔物だったりする。異世界人である俺がここを訪ねるという事は、この闘技場で戦闘おこない現地民を楽しませるためだろう。と思っているような顔をした受付の人にとりあえずは参加証を提出することにした。

 最近では異世界人同士とはいえ戦い合うことに抵抗があったものが多かったようだが、今ではすっかり闘技場はこの国の名物と化してしまっていた。もとをただせば、それだけ多くの異世界人がここで戦闘を繰り広げていたという事の証でもある。

 俺の初戦の相手は誰だかわからないが、登録証には世界の英雄と書かれていた。どうやら、俺がこの世界に来る前に何らかの形でこの世界を救ったそうなのだが、どんなに世界を救おうが俺が見てなければそれは何の意味もなさないのだ。

 登録してから初試合までほとんど休憩という休憩は無く、書類に目を通してサインをするという作業に追われており、全てにサインが終わったと同時に俺と英雄様との試合が始まるのだった。


 異世界人は死なないし腕や足を切り落としたところで簡単に治すことが出来る。そんな考えがあってだとは思うのだが、武器にしようも全面的に認められている。俺はいまだに武器と呼べそうなものは何一つ携帯していないのだ。会ったところで俺は武器を使った戦いが得意ではないので一安心と思えばそうであった。

 俺の目の前に現れた英雄様はいかにも英雄なんだろうなといった風貌で、手に持っている剣からは時々稲妻が出ているようにも見えるのだが、アレに触れたら刀傷だけでは済みそうもなかった。


「初めまして。僕はこの世界にやってきた異世界人の顔は大体覚えていると思ったけれど、君は今まで僕が知っている人たちと何の関りも無いんだね。そんなわけでさ、今から君の実力を測らせてもらうね。ちょっと痛くしちゃうかもしれないけど、我慢してくれよな」


 そう言い終わると、英雄様は俺の近くへとゆっくり歩いてきた。いつの間にか闘技場は満員に近い観客が各々叫んでいるのだ。俺の目の前で立ち止まった英雄様はその手に持っている剣を振りかぶると、勢いよく俺に向かって振り下ろした。俺の予想通り、剣には電撃も追加で攻撃してくるようなのだが、俺にはその剣の一撃も雷撃も効かなかった。そもそも、自分より弱い者の攻撃は基本的には効果が無い。今の一撃がどれくらいの威力なのか考えてみたのだが、前に転生した時に相手をした悪魔の四番手くらいのやつと同じような感じに思えていた。そう考えると、普通の人間の割には大したものなのではないだろうか。


「なあ、なんで僕の渾身の一撃が効いていないんだ?」

「それは、英雄様の力が劣っているからじゃないですかね」


 俺は世界を救った英雄の力をこの肌で感じたいと思っていたのだけれど、何も感じることが出来なかった。英雄様が弱いのか俺が強いのかは判断がつかないが、二人の魔女に対しても英雄様と同じような扱いをすることが出来ているので、やはり俺はこの世界でも強さは上位にいるのだと感じていた。


 世界を救った一撃というものは思いのほか軽いものだった。そもそも、何から世界を救ったのかも知らないのだから、それがどれほど凄い事なのか見当もつかない。ついたところでこの世界の住人の力量なんて程度が知れているというものだ。

 俺は英雄様を軽く殴り飛ばしてやろうと思っていたのだけれど、自分の意思に背いているかのように体は言う事を聞いてくれなかった。偉大なる神々の意思というやつはそれほどに凄まじいものなのかと思うことになったのだけれど、直接殴れないのなら他の手を考えればいいだけの話である。


「なあ、あんたはこの世界を救った英雄様なんだろ。そんな英雄様がさ、この世界にやって来たばかりの新人に何て負けを認めることなんて無いよな?」

「負けを認めるも何も、お前は俺に攻撃することが出来ないではないか。これは戦いではなく、俺がお前を一方的に攻め立てるものなんだよ」

「そうか。英雄様がそうしたいというのなら自由に攻めてくれてもいいよ。聞いた話によると、俺達みたいな異世界からの転生者は何度死んでも蘇ることが出来るみたいだからな。そもそも、英雄様が俺を殺せるかってところに疑問を感じてしまうのだが、それはこの際だから気にしないでおこう」

「ちょっとくらい打たれ強いからって調子に乗るなよ。何度でも生き返れるという事を後悔させてやるからな。俺の攻撃の限界はあんなもんじゃないんだって事をわからせてやる」


 英雄様は両手にそれぞれ二本ずつの剣を持つと、その剣先を俺に向けて何か呪文を唱え始めた。詠唱が始まってから物凄い量のエネルギーが英雄様を通して剣に集まっているのがわかるのか、俺の後ろ側にいる観客席の人達が一斉に席を立って英雄様のいる方の席へと移動していった。

 英雄様の詠唱が終わったのは始まってから十分くらいだったと思うのだが、その間に観客の大半は英雄様の後ろ側に移動しており、大人気のチームと不人気のチームの試合でもこれほど応援席の人数に差が出ることは無いだろうと思うくらいになっていた。


「随分と待たせてしまったようだが、大人しく待っていてくれたことは感謝する」

「いや、そんな事で感謝されてもこっちは嬉しくないんだが」

「そうだな、待ってくれたお礼に一つだけ忠告をしておこう。今から行う技は大魔王と戦う事を想定して開発した秘技である。準備に時間がかかるため実戦で行ったことは無いのだが、想定する大魔王の四倍強の強さの敵であっても一撃で影すら残さず消滅させることが出来るだろう。いくら異世界人といってもその一撃をまともに食らっては復活することも出来ぬかもしれぬので、出来ることなら受けずに避けてくれて結構だ。避けるためのアドバイスなのだが、俺の攻撃が始まってからでは避けるのは間に合わないと思うので、攻撃前の予備動作の段階で避けてもらうのが一番だ。きっとお前なら説明しなくても予備動作がどのようなものなのかわかっているはずだ」

「でもさ、大魔王を一撃で殺せるような威力ってどんなもんなのか体験してみたいんだよな。だからさ、遠慮しないで全力で来いよ」

「バカが、こちらが親切心で言った事を無視しようというのか。いいだろう。その身をもって己の愚かさを知るがよい」


 集まっているエネルギー量と英雄様の力量を考えると、ある程度の威力は計算することが出来るのだが、英雄様の力の中に見え隠れする神のような存在がどの程度サポートしているのかによっても威力は変わってきそうだ。英雄様について入り神がとても強い神だった場合は俺もただでは済まないと思うのだが、英雄様のもとの力がそれほどでもなさそうなので耐えることは出来るんだと思う。


「さあ、己の愚かさを篤と味わうのだ」


 英雄様の予備動作とやらが何なのかはわからなかったが、おそらく今の掛け声がそれなのだろう。出来ることなら技名でも叫んでもらいたかったのだが、英雄様はそう言ったものにこだわらないタイプなのかもしれない。

 英雄様は剣先を何度も何度も俺に向かって突き出しているのだが、これが大魔王を倒すための秘技だとしたらとても拍子抜けである。きっとそうであると信じているのだが、今のところそれ以外に何かされているといった感触は無かった。もうそろそろ飽きてきたので反撃でもしようかなと剣を掴もうとしたのだが、先程同様に体が動かない。というか、剣先がわずかに体に触れるたびに体が硬直しているような気がしてきた。

 意識はハッキリしているのだが、なぜか眼球以外は全く動かなくなっていた。俺は目だけをキョロキョロと動かしてはいるのだが、そんな事をしたところで事態が改善するはずもなく、動けない俺に向かって英雄様は何度も何度も俺の体を細かく突いてきた。


 俺の体は眼球すらも自分の意思で動かすことが出来なくなり、気が付いた時には英雄様をしっかりと見つめるだけになっていた。目を逸らそうにも決して逸らすことが出来ない、これから起きることをしっかり見ておけと言わんばかりの技だった。

 そして、俺の体はどこも自分の意思では動かすことが出来なくなった時、四本の剣が一つに重なって、今まで英雄様の中にあった魔力やらなんやらの高エネルギーが一本になった剣に全て集中し、そのエネルギーが俺の体と貫いた。


 今まで食らったどの攻撃よりも、威力質量ともに凄まじいものを感じてしまった。

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