02 楽器なんか ②
新旧せめぎ合う通りの、新がやや優勢になっている一角。そこに建つ近代的なビルディングの二階部分に『たねや楽器』はある。駅周辺に二箇所しかない楽器店のうち、展示されている楽器が俺たちの——というより菊井の趣味に合っているということで、店員と顔なじみになるくらいによく訪れてきた店だ。
「へぇ、こんなところに」修善寺は物珍しそうに外観を眺めている。「わたし、このあたりはときどき友達と近くのスイーツのお店に行ったりするから知ってるつもりだったんですけど、楽器屋があるのは気づきませんでした」
看板が、かなり分かりやすく設置されていると思うのだが、意識して見ないとそんなものだろうか。
「あ、森くんたち、もう来てますよ」
二階へ向かうエスカレーター前の空間に、清丘の制服を着た男二人が立っていた。背の大きいやつと、小さいやつだ。
道路を挟んで反対側を歩いていた俺たちは、横断して歩み寄る。
「お待たせ。あれ、どっちが先輩だっけ」
俺は二人の男を交互に見比べた。
「身長で男の器は決まらねえっての。おい修善寺、この色男はちゃんとエスコートしてくれたか?」
平常通りの俺と菊井のやり合いに巻き込まれた修善寺はうろたえた。一歩後ずさって、胸の前で両手の指の腹を合わせて、俯きがちになって、全身で困惑を表現するさまは、見てるぶんには面白い。
「うぇ、その、えっと……。はい」
なんとなく俺も気恥ずかしくなって、誤魔化すように菊井の頭を小突いた。
「バカ、後輩を困らすなよ」
「そうだな、俺の代わりに謝っといてくれ。——ほら、こんなとこで時間を浪費しててもしょうがない、行くぞ」
菊井はエスカレーターを階段のように早足で登っていった。
「まったく、傍若無人なやつだな。——って、小桜は?」
「もうお店の中にいます」菊井に代わって森が答えた。「たくさんの楽器を目前にして、もう我慢できない、と先に行ってしまいました」
自由人はもうひとりいたか。
菊井のあとに続いて、俺たちも『たねや』に入った。
正面に展示用のパーティションがあり、右手側はアコースティックギター、左手側には中古の楽器がそれぞれ吊るされている。その裏側に、修善寺や森が求めているであろう新品のエレキギターやベースが、配置が変えられていなければあるはずだ。
鍵盤楽器があるのは左奥の方だから、小桜はきっとそっちに……。いや、それはあとでいいか。
まずは後輩たちを案内しよう。と、思ったのだが、振り返ってみると、二人は入り口付近の電子ドラムが置かれているあたりで立ち止まっていた。
「どうかした?」
「あ、すみません」森はきまり悪そうに頭をかいた。「びっくりしてしまいました。楽器店に来るのは初めてでして。その、音楽とかは詳しくないのですが、憧れのようなものはあったので」
隣の修善寺も似たような感想を抱いたらしく、きょろきょろと周囲を見回していた。
まるで、かつての自分を見ているようだ。俺も初めてここに連れてこられたときは、ずらっと並んだ楽器の数々に圧倒されたものだ。
「おい、なにつっ立ってんだ。案山子かお前らは」
奥から菊井のでかい声が聞こえた。あのときも同じようなことを言われた気がする。
壁の裏側にまわってみると、菊井は高い所に掛けられたギターをよく見ようと背伸びしていた。一年生たちもあとをついてきて、それぞれに見物を始める。
「あ、このギター。やっぱり高いんだ……」
森が見つけたのは、ギブソンのレスポール・スタンダードだった。値札には二十五万円とある。
耳ざとく反応して菊井が来る。
「ふぅん、チェリーサンバーストね。意外に良いギターを分かってるじゃないか、林」
「森です」
「どこで得た知識かは知らんが、まあ、高校生に買える代物じゃないから諦めるんだな。どう値切ったって五万円にはならん。どうしてもレスポールがいいなら、例えばこのエピフォンの——」
菊井があれこれ話すのを、森は熱心に聞き入っている。
楽器の知識に関しては俺より菊井の方が上だから、森のことはこのまま任せてしまうのが吉だろう。ギタリストとしては情けない話だが。
「じゃあ、俺たちはベース見に行こっか」
修善寺を連れてベースコーナーに移動した。
当然ではあるが、ベースの知識となるとギターのそれよりさらに貧弱なものになる。せいぜい、ジャズベースとプレジョンベースを見分けられる程度だ。が、修善寺は恐らく、弾き方もよく分からないレベルだろうから、それくらいの説明は俺でも難なくできるはずだ。より詳しい解説が必要なら、あとで菊井に喋らせよう。
修善寺は、一本一本、興味深げに観察しながら、言った。
「ベースって、長いんですね……」
そこからか。
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