自販機
@wizard-T
自販機
これから俺は仕事場に向かう。
そして一生そこから動く事はない。
動くとすればそれは俺にとって死を意味している。要するに、この仕事場に向かう移動が俺にとって生涯最後の移動だ。だからこそ、この移動って奴は非常に重い。
「あー大変だわー、俺しょっちゅう動かされるからきっとメチャクチャ疲れるわー
、お前は気楽でいいよなー」
県庁所在地に行く事になった奴が俺の方を向いてなんか抜かしてる。あるいは本気でそう言っているのかもしれないが、俺はもっとバリバリ働きたいんだよ!
おい今からでも行き先を変更しろ!……………とか言った所で聞こえる訳がないのは分かり切ってるけどな、あーあ動き出しちまった。
「君が新米?」
わかっちゃいたけど何ともまあ……見渡す限り360度、ってか俺の視界は120度ぐらいしかないが、実際田んぼか山ぐらいしか見えねえ。
そこが俺の職場。聞けば、この職場の1キロ以内に住む人間の数は千人ぐらいらしい。って言うか俺の職場に鎮座なさっていたのは、なんつーかもう、実に古めかしいお方だ。
「これで私の役目も終わりだね。ここに来てから十年かな、長いけど面白かったよ。じゃあ、君も頑張れよ」
十年?俺たちの寿命は普通五年だっつーのに先輩はそんなに長くいたのか?とにかく俺は新たな職場に配置され、先輩は俺を移動させたトラックに乗って行った。
あー、退屈だ。初仕事はいつになるんだろうな。
県庁所在地に行った奴は初日から早速フル稼働中なんだろうよ。俺の客は俺の側にあるらしい(さっきも言ったように俺の視界は120度ぐらいしかない)バス停の客ぐらいなもんだ……と思ってたら意外に早く来た。
予想通りとは言え俺の初仕事の相手はお顔に皺の目立つ貫禄のありそうな男性。その割にと言うべきか、こういう所のお方はこういうもんだよなと言うべきか腰はしゃんとしていて随分と元気そうだ。
何、ハイカラだって?
久しぶりにっつーか初めて聞いたわそんな言葉。どうやら俺を運びそして先輩を連れて行ったトラックの姿を見つけて何があったんだと思って俺のとこに来たらしい。
その爺さんは今日日の奴はお茶まで売ってるのかって感心しながら50円玉を俺に突っ込んだ。で、まあ律儀って言うかなんて言うか、100円玉がないかと必死こいて財布の中を探してる。
もっとでっかい銀色の硬貨があるように見えるのは気のせいか?早くしてくれよと思わずにいられない、だって後ろに二人もお年の近そうなお嬢さんが並んでるんだから………あれ?買う気は余りなさそうだ。
まあ言っちゃ悪いけど、俺の生まれた所とは全く違う時間軸で動いてそうなこの場所にとっては俺の登場は一大行事であり、最初のお客様を見かけて何が起こったんだとばかりについて来てそのまま並んでるだけなんだろうな。
で、結局最初のお客様は頭を下げながらでっかい銀色の硬貨、500円玉を突っ込んで日本茶入り500ミリペットボトルのとこのボタンを押した。
俺はそのリクエストに応えペットボトル一つと100円玉4枚を出してやった。そしたら丁重に頭を下げた後100円玉とペットボトルを手に取り、俺の目の前でペットボトルのキャップを開けて中身を飲み始めた。
……何、紛れもなく本物の日本茶だって?まあこういうとこの人間は穏やかであるけどえてして妙なとこで保守的だったりするもんだ。ってかこの場合問題は俺じゃなく俺の取り扱ってる商品にあるんだけどって思ってたら今度は二人のお嬢さんに最初のお客様が口をつけさせた。
なんとまあ、県庁所在地の様な繁華街でこんな事が起きたら一騒動だぜ。結果?二人してやっぱりこいつはほんまもんのお茶だって言って感心した風情になり、そんで最終的には最初のお客様が飲み干して終了だ。同じ日に県庁所在地に行った奴に今の話を聞かせたらどう思うだろうか楽しみだ。
あとこれはどうでもいいけど、俺の隣のくずかごはどうにかならんもんかね。水色だったはずなのにあっちこっち剥げてて大半が赤茶色じゃねえか。まあ俺や先輩よりもずっと長く鎮座なさっているお方なんだろうけど、それならそれなりにもうちっと綺麗にしてやってくれてもいいんじゃねえのかな?
そんなこんなで仕事を始めてから四ヵ月、初めての夏が来た。ああ暑い。多分そのおかげ様だろうけど俺の仕事はこれまでで一番忙しい。
あれ?見慣れない坊やが二人来たな。この地域にも子供はいるがそいつらとは違う。この四ヵ月の間にこの周辺の子どもはほとんどいっぺんは俺の顔を拝みに来てる、買ってくれるとなおありがたいんだがな。
おっ、この子は買ってくれた。なんだまた日本茶か、まあいいやとにかくありがとな、あっやばい売り切れだ。
都会とかでは週一、いや下手すれば二日に一度のペースで補充が来てるんだろうけど俺のとこには月一でしか来ねえ。
そんで日本茶は一番人気商品、つーわけでこんなことになっちまったんだ。あー確か三日後には来るはずだからその時まで待ってくれねえかな。代わりにスポーツドリンクとかコーラとかあるからほらこれで……何、ダメ?
あー何だよ、なんたら症候群だって?日に一本飲んだぐらいでそんな事になるもんじゃあるめいし、ってか人の事言えねえがクーラーガンガン効かせてる部屋の中にいるのとは訳が違うだろ?俺としては日頃お目にかかってるお年を召した方々にこそそういうもんを召し上がってもらいたいと思うんだけどね。新境地っつーのが開けるかもしんねえし、日本茶に負けず劣らず体に栄養を付けてくれそうだし。
ったく二人の坊やたちを付き従えてやって来たっぽい都会育ちのこのオバサンはやかましくてかなわねえな。
その日の夜。
いくら夏だからって暗いもんは暗い。そんな訳で俺は電灯の役目まで背負ってる。で、山があって木が生えてる訳だろ?
おー来た来た、森のお偉いさんたちが俺の様な異物を何様だよと言わんばかりに迫って来なすった。結構な距離があるはずなのによくもまあ。
先輩もこんな事になってたのかと思うとちょっと誇らしげになって来る。まあこの先住民様たちから見れば人間の方が侵入者であり、俺や先輩なんぞはその侵入者が作り上げた奇妙キテレツな物なんだろうよ。
あるいは俺の中に皆様のお好きな甘い液体が眠ってるって事をご存じなのかもしれませんけどね、あなた方お金持ってます?
持ってないんじゃあ残念ですけどお売りできませんねえ、って言うか持っていたとしてあなた方取り出し口にそのお金入れられますか、欲しい物のボタンを押して取り出し口から物を取り出せますか、そして蓋を開けられますか?無理ですよねえ……残念ですけど。まあ、それらの条件を全て満たしてしまえば話は別なんですけどねえ。
ってか今もゴミ箱に捨てられた缶の中身をすすってらっしゃる方がいるようですし、って言うか皆さん案外適応なさってるんですねえ。
おやおや、侵入者である人間の登場みたいですよ。よく見れば昼間にやって来た二人の坊やと一人のお年を召した男性、多分この二人の坊やのお爺さんと思しき男性ですねえ。あっよく見れば二人とも腰に緑色の籠ぶら下げてますよ、そんで二人とも手に何か持ってますよ。危ないんじゃございませんかねえ皆様。
と思いきやあれあれどうなってるんだか、二人の坊やは全く動こうとしない。
先住民様に逃げられちゃ困るとばかり間合いをうかがってるのかと思ったら、腰が引けちゃってるだけじゃねえかよ。
おいおい何しに来たんだよって、ほらお爺さんも言ってるじゃないか怯む事なんぞ何もないって。まあ確かに俺には十を越える先住民様が引っ付いていらっしゃるからな、怖い怖いって思うのはお説ごもっともだよ……っておいおい、泣く事はねえじゃねえかよ!こりゃあ先住民様の数って言うより先住民様その物が恐ろしいみたいだね、いやマジで。
まさか先住民様の姿を知りませんでしたなんてー事はないよな、何々こんなに不気味に動くもんだとは思わなかった!?
アホかよ、動かないとでも思ってたのか!しゃあねえなもう一人の坊や頼んだぜ……って何、きたねえもんがくっついてるかもしんねえから触れたくねえ!?それで爺さんがそんな事はないと促しにかかっても貴重な資源を減らしたくねえ、勝手に取っちゃっていいのかとか言って全く動く気がねえ…頭でっかちな坊やたちでやんなるな、ってあのオバサンの教育を受けてたらそうもなっちまうか、全くもう……!
と思ったら急に網を振りかざして向かって来た!にしても泣きながら向かって来る奴があるのか、と思ったら泣き声が妙に低いな……って泣いてるの爺さんの方かよ!
どうやら最近の子どもは虫を素手で触る事も出来ないようになってしまったのかって悲しんで泣いちまって、それで自分たちが爺さんを悲しませてる事に気付いた二人の坊やが慌てて網を振りかざして来たって流れの様だが……いやはや、都会に染まちまったあのオバサンの罪は重いね。ってか俺だって都会に置かれてたらこんな気持ちになる事はなかったんだろうけどよ。
あっ先住民様?さすがにヤバいと思ったのか一斉にお逃げになられましたよ。
さて収穫の秋はっていうと収穫やその他の作業がてら俺の商品を買ってくれる方々がいて下さって夏ほどではない物の商売は好調だった、
それで続いては冬。いやー、冷たい風が身に染みるねえ。あっ、お客様が苦い顔をしてる。何、もうないのかだって?
んな事言ったって俺だってもっとたくさん用意したいよ。でも品揃えにして15種類の内の3種類しか俺にはそういう類のもんはない。
ましてやお茶はたった一つだけ、この辺の方々の需要を満たすにはぶっちゃけ足りねえ。持って来いよ、それほど雪も降ってねえし問題ねえだろ早く来い……と考える事自体空しいんだけどな、十日ほど待つしかねえか。
ったく機会損失とはこの事だっての、やんなるな。え、あと2つは何だって?
1つはコーヒーだよ、そんでもう1つなんだけどさ、そのもう1つを見ながらバス待ちと思しき殿方の皆様が何か騒いでいらっしゃる。最近の奴は凄いな本当にそんなもんが売ってるのかお前買ってみろよって。
騙されたと思って買ってくんねえかな、いやマジで結構自信あるから。色物だろって言われてるけど結構売れてるんだから………確か。っていうか売れないと判断した物は俺取り扱わねえから。だからさ、押してみなよ。
………と言う訳で売れた1本のホットドリンク。皆様、何かお茶の時以上に何じゃこりゃって目をしてるけれど、まあぐっと一杯……って何首傾げてるんだか、大丈夫だって……どうっすか、どうっすかねえ……。
何々、意外にありだな?よっし思惑通り!こちとら一応プロなんだから、まずいもんは売らないっての……あれ?何だその不服そうな顔?えっモチがない!?いやあそれは流石に危ないってのそんなもんがあったら。とにかく雪こそよその地域と比べたらましにせよ底冷えがする事には変わりゃしないこの地域、茶だけじゃなくこのお汁粉もいいもんだよいや本当に。ついでにコーヒーも売れりゃなおいいんだけど。
そして冬が過ぎれば春だ、これまで主力だったあったかい奴はほとんど売れなくなり再び冷たい奴が主力を気取り出して来た。
で常連客様が誰か見慣れぬ奴を連れてやって来た、見た所地元のって言うかこの国のお方じゃなさそうなご面相だ。それで常連客様がたっぷり買う気なのか千円札を俺に突っ込もうとすると異国から来たと思しきお方が突如騒ぎ出した。
何事だよと思いつつ俺はいつも通り茶を2本、そして釣りを出してやった。って言うか何をそんなにキョロキョロしてんだか……泥棒!?あのなー、こんなとこで何を盗もうって言うんだよ、えっ俺!?
どうもこの異国のお方の母国では俺に札を入れるなんて正しく会計されない上に釣りも払い戻しされない可能性が高いから自殺行為であり、そしてこんな人気の少ない場所に置いてある奴は泥棒の被害に遭うのが当然らしい。
ったく物騒極まりないね本当。俺の先輩がそんな事に遭ったって話は少なくとも俺は聞いてない。と言うかお目にかかった訳じゃねえがこの辺りにいらっしゃる俺の大先輩様もそんな目に遭ったって話はないらしい。
大先輩様?俺は金属で固められた機械仕掛けの代物だがその大先輩様は大半が木で後は雨よけのトタン、で金属と言えば鍵ひとつぐらいのもんらしい。
取り扱ってる商品?この辺りで取れた新鮮な野菜だよ。そんで俺が大先輩様って言うからには言うまでもなく人間はそこに誰もいない。俺みたいに堅牢な装備をしていても泥棒が現れるらしいっつーのにそんな簡易な施設なのに泥棒なんて全く来ないらしいからな、あの異国のお方に大先輩様を見せてやったらどんな顔をするのか楽しみだ。でもこんな時ちと残念に思う、俺が当たり付きだったら気分がいいから出欠大サービスで当たりを出してやったのにって。
そういやここに来てからもう一年か、いやー長いようで短いもんだね。県庁所在地に行ったあいつはどうしてるだろ。連絡を取る方法があったら聞いてみたいもんだぜ、話してやりたいもんだぜ。
ずっと人工的な明かりに満ち溢れた工場の中で過ごして来た俺たち、お前さんは今でも同じように人工的な明かりの下で過ごしてるんだろ?それはそれでいい、お前さんはバシバシボタンを押されて稼ぎまくってるんだろうからな、俺には無理だ。
でもさ、俺はお前さんの知らない世界を知ってる。都会にはこんな綺麗な空はねえよな、俺は水たまり越しでしか見る事は出来ねえが実に綺麗だ……とか抜かしてみたけど、もし俺が都会に出てお前さんがここに来てたらお前さんが俺と同じ事を思ったかどうかは知らねえ。
まあ、それぞれの道ってもんがある。お互い目一杯頑張ろうじゃねえか、なあ。
自販機 @wizard-T
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます