第55話 凛


 「〜♪〜〜♪」


 放課後、アタシは鼻歌を歌うぐらい上機嫌で、文芸部室へと向かう。

 理由はもちろん、三笠洋介だ。"テスト勉強を一緒にしよう"と誘うと決めてから、アタシは不安になりっぱなしだった。面倒見の良さから断る事は殆ど無いと思っていたが、いざ誘うとなると、やはり緊張してしまった。


 『えーっと、その、な?あのー……』


 思い返してみると、自分の緊張具合に今更ながら苦笑いが出てしまう。

 変に意識したせいで、まともに三笠の顔を見られなかった。

 予定ではもっとギャルっぽく、軽い感じで行こうと決めていたのだが。

 ともかく、断られる事もなく、一緒に居られて嬉しいのは確かだった。


 『先客がいてね。充分に見れないかも知れないよ?』


 しかし、誤算もあった。和泉叶恵の存在だ。

 三笠が言ってた先客と言うのは、叶恵の事だとすぐに分かった。一年生の頃、叶恵本人から幼馴染によく勉強を見てもらってるとは聞いていたし、それも知っていてか、アタシは焦りも感じた。

 だからアタシは、思い切ってその勉強会に参加しても良いかと、三笠に聞いた、


 このままでは、叶恵に三笠を取られると思ったからだ。


 それはつまり、叶恵"も"三笠に好意、恋心を抱いていると言う事だ。

 そしてそれが確信に変わった出来事もあった。


 あの公園での出来事だ。

 あの日、アタシは叶恵に『三笠のことが好きなのか?』と問われた。



 アタシは迷った挙句に『好き』と答えた。



 その時の叶恵の顔は、今でも鮮明に覚えている。

 

 ……そしてその表情を見て、アタシは叶恵も三笠のことが好きなんだなと察する事が出来た。しかし、驚きはしなかった。あんな出来た幼馴染が居れば、誰だって好意を抱くだろうと、どこか納得もしたのだ。


 しかし、好きになってしまったのはアタシも同じだ。


 横山凛、よわい17歳。初恋である。

 そりゃそうだろう。クラスで一人孤立していたアタシを見捨てることなく、親身に接してくれた男に惚れないわけがない。

 こんな女に惚れられて三笠はさぞかし面倒だろうとは思う。しかし、好きになってしまったのだ。

 アタシの中で、叶恵に対しライバル心が生まれた。

 高すぎる壁なのは分かっている。叶恵は誰よりも三笠の事を知っているだろうし、アタシと違って人当たりも良い。

 一年生の頃から叶恵は人気者だったから。

 だから付き合っても、『ああ、あの二人か』と納得してしまう様な、誰が見てもお似合いなカップルだ。


 対してアタシは?


 不良であり、クラスの腫れ物扱い。和泉叶恵に勝てる要素が、一つもない。

 しかし、初恋。諦めきれない。

 どうすれば、三笠は振り向いてくれるか?

 どうすれば、和泉叶恵以上の魅力的な女になれるのか?

 アタシは、一つの結論を出した。


 まずは、頑張って自分を変えるしかない。


 それが、アタシがたどり着いた答え。再び文芸部に顔を出そうと思ったのも、三笠洋介に振り向いて貰うために、自分を変える為の第一歩としてノミの心臓ほどの勇気を振り絞ったのだ。

 不良も治し、普通の人間、普通のクラスメイトに戻れば、三笠もアタシの事を認めてくれる。

 そうすれば、アタシにだってチャンスはある。

 今回のテストだっていい点数を取れれば、それに一歩近づける。

 ほぼ勝ち目が無いのは分かっているが、それでも、アタシはこの初恋を諦めたくなかった。


 「おーっす、小百合」


 アタシは上機嫌のまま、文芸部の扉を開く。目標が明確になると、アタシの中で何かが吹っ切れた。

 今は清々しい気分だし、目標に向けてのモチベーションもある。非常に良い気分だった。


 「あ、凛ちゃん。……何だか今日は機嫌良い?」


 相変わらず文芸部は小百合1人の様で、出会って早々、アタシの機嫌の良さを看破された。……そんなに顔に出てただろうか?


 「まあな、それより、この前借りた本、面白かったぞ?」


 そして、アタシはバッグの中から小百合に貸りていた"歴史小説"を取り出し、自慢げにそう言い放つ。

 やる気の上昇は、こう言う意外なところにも現れていた。


 

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