第3話
1回目のホームルームを終えてから、俺の高校生活には二つの変化があった。
まず、クラスで友達と話をする機会が大分増えた。
特に、前田だ。あいつは明るくて気のいい奴だ。それに、一見お調子者のように見えるが、意外と冷静に人を見ているようだった。
そう言えば、前田は恒星とも仲がよかったはずだ。今度、3人で話してみたいものだ。
浩司。。つまり前田と仲良くなりはじめてから、前よりもオープンな性格になった、ような気がしている。。まぁべつに、元々暗かったわけではないが。。
それと、もう一つ。
それは、夏織。。いや、東堂のことだ。
まだ名前で呼べるような仲ではない。いや、まだと言っても、別に今後俺達の仲に何か変化が起こる理由もないのだが。
ホームルームを終えたあの日、勢いで夏織と呼んでしまってから、変に意識してしまって、しばらくはあまり関わらないようにして、部活に集中するように心がけた。
理由は。。特にないけど、強いて言えば、この気持ちを「恋」と簡単に片付けてしまいたくなかったからだ。
東堂は確かに信頼できるし、頭もいい。それに。。。やっぱり、かわいいとは、思う。
けど、俺は東堂のことはほとんどなにも知らないのだ。そんな状態で、人を好きになったことのない俺が、この気持ちを「恋」などと名付けてしまったら、「恋」という言葉に踊らされてしまうと思う。
それでは、自分らしさを失ってしまう気がする。もっと簡単に言えば、パフォーマンスが落ちる気がするのだ。
だから、この気持ちにはまだ名前を付けない。今は、この気持ちに名前をつけるより先に成すべきことが沢山ある。
が、今日は一個だけ、東堂に確認しておかなければならない。
授業が終わり、皆部活に行く準備を始めている。
東堂は、よし、まだいるな。
『肇!またな!試合頑張れよ!!』
浩司。ありがとう。お前と仲良くなって、応援してもらえることに素直に感謝できるようになったよ。
『ありがとう!またな!』
浩司は走って教室を出て行った。
俺の周りにも、東堂の周りにも人がいない。
よし、今がチャンスだ!
俺は、なるべく普通に話しかけてみた。
『あ、ねぇ、東堂!』
つもりだった。
振り返った東堂は、なんだか顔が赤く、落ち着かない様子だった。
俺は、途端に話しかけた理由を忘れた。というか、それよりも東堂の様子が心配になった。
「や、柳瀬。。なによ。どうしたの??」
やっぱり
『いや、顔赤いけど大丈夫??具合でも悪いんじゃ』
質問すると、より焦ったような表情になった。
「だ、大丈夫よ。ちょっと、今日暑くて。そ、そう言えば、今週末試合だったわよね??あの、やっぱり観に行っていいかしら?剣道なんて、他で見る機会ないし、それに。。」
急に言葉を詰まらせた。本当に大丈夫か??
『それに??』
思わず聞き返してしまった。
「あぁ、いいの!ごめんなさい、なんでもないわじゃもう行くからまた明日ね!」
一気に捲し立てて逃げるよう走って行ってしまった。。
大丈夫か。。?
なんか、顔真っ赤だったし、焦ってるみたいだった。。それに、なんだろ?
俺を避けてるのかな。。??
いや、でも、試合は観に来てくれるって言ってたな。。
なんだろう?
まぁ、いいか、ちょっと引っかかるけど、明日も具合悪そうだったら聞いてみよう。
体育館に入ると、既に皆道着に着替えて稽古の準備をしていた。
急ごう。
うちのチームは、既に試合前の最終調整に入っていた。
試合直前の今は特に真新しい方法で稽古等はせず、いつも通りの稽古をみっちりと行う。
今年は、正直団体はそこまで強くはない。
県の代表へは、組み合わせ次第だと思っている。
まぁ、その時点でチームの強さはたかが知れてしまっているのだが。。
個人戦は、俺と主将が出場する。
これは、結構いいところまでいけるだろうと思っていた。
どうあっても今年が最後だ。
ベストを尽くしたい。
全員で円を作って準備運動。それから素振り。
面と小手を着けて基本の打ち込み稽古、互角稽古。そして最後に団体戦用に先生が考えてくれた試合形式の稽古。
気合いは充分。
仕上がりもいい。
油断せずに行こう。
夏織。。いや、東堂。
俺、頑張るよ。
試合2日目。
俺は第四試合場からスタートだった。
団体戦は昨日行われ、4回戦で負けてしまった。
うちの主将は第一試合場。
強い選手は全員上手くバラけたな。
今年はどこも粒が揃っている。勝ち残るのは簡単なことじゃないだろう。だが剣道において最も大事なことは、【いくつ勝ったかではなくどのように勝ったか】だ。
それを忘れてはいけない。
さて、初戦の相手は、と。
3回戦までは問題なく勝ち上がった。
勝ち負けが全てではないと言っても、やはりこのあたりで問題になるようではだめだ。
が、そろそろきつくなってくるな。
4回戦で初めて相手に先制を許してしまった。
相手は俺よりも身長が高く、それなりにスピードのある。
遠間から打ち込まれて居着いてしまった。
隙をつかれた。
まぁ、ここで焦ったりはしない。
冷静に行こう。
この、高橋という選手には癖があった。
それは、相手からの面への対処で頭を振ると言うものだ。この方法は一見便利だが、剣道には気剣体の一致という基本概念がある。
つまり正しい姿勢と踏込み、発声が揃わなければ一本にはならないということだ。
頭を振ってしまうと、その時点で姿勢が崩れるので、その瞬間は攻撃の権利を失う。
それに、頭を振って面を抜く以上、タイミングをズラされたら避けようがない。
遠間からの攻撃を警戒しながら、親指一個分ずつ距離を詰めていく。
これまで小さく振りかぶって小手を狙ってきた。そこで。。。
俺は小さく振りかぶるふりをして大きく振りかぶり、敢えてゆっくりと竹刀を降り下ろす。。
見えた。。。ここだ!!
『面!!』
避けようと頭を振った先を狙った。
長身の選手だ。滅多に面狙われないのだろう。
だが、油断は禁物だ。
【勝負!!】
滅多に取られない面を取られて、相手選手は面を警戒し始めた。
その為構えが高めになり。。
【小手あり!!】
正面から小手を取った。
まずいな。
ちょっと時間がかかりすぎた。
少し息があがっている。。
次は準々決勝。相手はあの、庄司か。
先の相手もだが、庄司はもっと長身だ。
そして、スピードもある。
これは、場合によってはアレを出さないといけないかもな。。
試合開始早々から、庄司は持ち味のスピードを活かして果敢に攻め込んできた。
疲れが抜けきっていない俺の体力をどんどん削っていく。
焦らず隙を突こうと思っていたが。。
【面あり!!】
相手はもっと冷静だったようだ。
仕方ない。もう時間もあまりない。
【二本目!!はじめ!!】
先程までとは打って変わって様子を見ているようだ。
いや、これは、時間を稼いでいるのかもしれないな。
そうはいかないぞ。
俺はなるべく目立たないように息を整え、遠間を保っていた。
そこから相手に気づかれないよう、左右の動きも混ぜながらほんの少しだけ距離を詰めた。
足を止め、息も止め、気配すら消すように静かに呼吸する。
【突きあり!!】
一瞬だった。
実戦では初めて使ったが、上手くいった。
本当はなるべく温存しておきたかったけど、ここで負けてはなんの意味もない。
かなり強烈な突きを当ててしまったので、庄司は一気に消極的になった。
鍔迫り合いから大きく突き放し
【胴あり!!】
逆胴を奪った。
去年までの俺は、基本の面、小手、胴をなるべく基本に忠実な形で取りに行くスタイルだった。
そうすることで、変な癖が付くのを防ぎたかったのだ。
そして、去年のこの大会が終わったのを機に、基本技だけでなく、主に突きを練習し、擦り上げ、抜き打ち、巻き技等をどんどん取り入れていった。
ようやくだ。ここにきて、ようやくこの一年の成果が出てきている。
次は、準決勝。
関東大会への出場権は得た。
さて、ここからだ。
準決勝の相手は、苦戦することなく、連続して面を二本目奪った。
決勝。
もしかしたら、相手はうちの主将かと思っていたが、違ったようだ。
決勝の相手は、去年、二年生にしてこの大会で優勝し、関東大会でも優勝。全国大会でもベスト8まで勝ち残った岡田という選手だ。
こいつは、本当に強い。
小細工はなしだ。
今までの全てを出し切らないと、こいつには絶対に勝てない。
【はじめ!!】
掛け声と同時に奇声を上げて立ち上がる。
恐ろしいほど静かだ。
じりじりとした睨み合いが続く。。
迂闊に動けないこの緊張感。
今までの相手とは格が違う。。
どのみちこのまま睨み合っていても無駄だろう。
ならば。。
【面あり!!】
いきなり遠間からしかけた。
なんとか決められたが、次はそうもいかないだろう。。。
さて。。どうするか。。
【小手あり!!】
!!!!
これは、!!
完全に隙をつかれていた。
"ただの出小手"だったが、かなりのスピードと正確さだった。。
これを決められた時には、正直、今日は負けだなと思ったが、より一層真っ向から勝負してみたいと思った。
【勝負!!】
お互い、もう様子見はいいだろう?
何度目かの鍔迫り合いの時に、相手に"離れよう"と目配せをした。
一足一刀の間合いでしばらく真剣に相手を見続けた。
そこから、ほんの少しだけ距離を詰めた。
どうやら相手も察したらしい。
じりじりと緊張し、お互いの呼吸を合わせていく。。
ここだ!!
竹刀を通して、確かな手答えを左拳に感じる。
ほぼ同時に頭にも衝撃を感じた。
【面あり!!】
遠くで聞こえたが、まだどちらが取ったかわならない。
残心を取り、審判を見ると、赤の旗が上がっていた。
赤は、岡田選手の色だ。
負けた。
けど、これは納得できる。
彼は、まだ俺が敵う相手じゃなかった。
ありがとうございました。
今日も、良い稽古をいただきました。
面と小手を外し、岡田のところへ行った。
正面に正座すると、相手も姿勢を正した。
『今日は、ありがとうございました。』
「こちらこそ、ありがとうございました。」
お互い、真っ直ぐに目を見ている。
『君は、本当に強い。関東大会でも、またよろしくお願いします。』
素直な気持ちだった。今日は、完敗だ。
礼をして去ろうとすると、岡田に呼び止められた。
「柳瀬君、正直僕は、君がこんなに強くなっていると思わなかった。去年とは、まるで別の選手だった。ありがとう。すごくいいライバルに出会えた。」
不覚にも涙が出そうになった。
県大会で準優勝したことよりも、岡田に認めてもらえたことの方が嬉しかった。
ぐっと奥歯を噛み締めて、もう一度軽く礼をして立ち上がった。
次は、負けないぞ。
表彰式の後、部員達と集まって話をした。
顧問の先生もいる。
皆大はしゃぎだった。珍しくハイテンションな主将にバシバシ背中を叩かれた。痛い。笑
「肇!!お前最高!!マジで強くなったな!!このまま、関東大会も頑張ろうな!!」
もちろん、主将も関東大会への出場は決めている。でも、ここまで俺のことを素直に認めてくれるとは。。
お前、本当にいい奴だな。
ありがとう。お前とだから、ここまで頑張って来られたんだ。
お前とは、これからもずっとライバルでいたい。
皆から称賛を受けて、心を動かされた。
まだ、県大会という小さな舞台だが、それでも俺のこれまでの頑張りと結果をここまで皆が称えてくれると思わなかった。
その想いに感動し、少し涙を流した。
ありがとう、皆。今日は、恒星と夏織も観に来てくれていたはずだ。
決勝では負けてしまったけど、俺、頑張ったよ。観てくれたか?
関東大会は7月の終わり。夏休みに入ってすぐの日曜だ。
それまでにしっかり稽古して、もっと強くなりたい。
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