第5話

夏合宿を終えて次の日の今日、私は神奈川県にある大きな体育館に来ている。

肇の関東大会を見るためだった。

コンクール前の大事な時期ではあるが、合宿明けで休みのため、どうにか見に来ることができた。

関東大会ともなると、すごく規模が大きい。会場の広さだけで見ても、県大会の倍くらいはあるんじゃないだろうか?


今日も樋口と一緒に来ている。聞きたいことや言いたいことは山ほどあるけど、肇の試合が終わってからね。

プログラムを見て試合場に向かう。


肇は、実に伸び伸びとしていた。

きっと、ここまで来たら小細工なんて一切必要ないと思ったんだと思う。

そんなに沢山見てきた訳ではないけど、すごく肇らしかったと思う。

ずっと温めてきた突き技も使って戦っていた。すごくかっこよかった。

結果、5回戦で敗れてしまった。

最後まで堂々と、自分らしく戦った肇の姿は、勇ましく、頼もしかった。

肇の三年間がここで終わってしまうと思うと、胸が苦しくなった。

ありがとう。肇の背中は、私に他人を敬い、思いやることを教えてくれたわ。これは、今までの私にはなかった気持ち。

本当に素晴らしかったわ。


私は、高校を卒業しても剣道を続けてほしいと思った。

きっと剣道は、肇にとってはなくてはならないものだと思う。

そうね、私にとっての、クラリネットみたいなもんね。

そう、次は私の番ね。


私たちも、数日後にコンクールを控えている。

上の大会に行けるかどうかは、正直わからない。でも、結果よりも、自分らしく演奏することの方が大事だと思っている。

これは、肇が剣道を通して私に教えてくれたことだ。

だから、つまらない失敗をして自分を見失ったり、そういうことだけは避けたい。あくまで冷静に、いつも通りの演奏ができるようにしたい。



15時を過ぎた頃、私達は電車に乗った。

ちょうど直通の電車に乗れたので、あと二時間弱はこのままだ。

さて、もう逃さないわよ、樋口。

「ねぇ、樋口」

携帯を見ていた樋口がメガネ越しに私を見る。

『ん?何?』

何じゃないわよ。

「何じゃないわよ、昨日のこと。阿部と高橋の話よ。」

『あぁ、解決できてよかったよな。』

もう。

「そうじゃなくて、解決したのは樋口でしょ?前にも言ったけど、なんで全部一人で抱え込むようなことしたの?」

すると、流石に観念したようだった。

『んー、あの二人の仲の悪さは、ちょっと普通じゃなかったからな。原因を探ってお互いにちゃんと謝るしかないと思ってたんだ。もちろん、俺も知らなかった。』

一旦言葉を切った。

『はっきりさせるには、もう一度喧嘩するしかないと思ったんだ。危険な賭けだったけど。だから、誰も止めに入れないような時に、きっかけを作った。みんなには、本当に悪いと思ってる。』

なんでよ。

「なんでよ?誰も樋口を責めたりしないわ。むしろ感謝してるわよ。私が言いたかったのは、友達としてもう少し頼って欲しかったってことよ。もちろん、樋口のことだから何か考えがあるんだろうと思っていたけど、もし、もしも失敗して、樋口が悪いみたいになったらと思うとゾッとするわ。何かを仕掛ける前から相談してくれていたら、失敗したって一緒に責任を負えるでしょう?」

すると、またニヤっとして言う。なによ。

『ありがとう。むしろ、失敗した時に誰かを巻き込まないように一人でやっていたんだ。でも、確かに東堂にはもっと前から相談して、頼ってもよかったかもしれないな。』

まぁ、うまく行ったからいいけど。。

「まぁ、うまく行ったからいいけど。。別に、樋口を責めてる訳じゃないんだし。」

『ありがとう。東堂とは、きっと卒業してからもいい友達でいられると思うんだ。だから、これからも、よろしくな』

「な、何よ急に改まって。。」

またニヤニヤしながら言う。

『いや、特に深い意味はないんだ。それにしても、東堂は本当に変わったな。』

だから、

「だから、急になんなのよ!」

笑ってしまった。照れるわね。。

『肇とは、気が合いそうだな。』

「うん、まぁ、仲良くさせてもらってるわ」

『そうか、高校生活も今年で最後だし、思いっきり楽しめるといいな。』


そっか、そうよね。。高校生も今年で終わりなのよね。

今は、肇と連絡取ったり、電話でもメールでも相談に乗ってもらったりしてるけど、私達は、文化祭が終わった後、もっと言えば高校を卒業したらどうなってしまうんだろ?

今みたいに、ずっと友達でいられるのかしら?

そうだ、せっかくだし。

「ねぇ、樋口」

『ん?』

「あの、肇って。」

『お?』

ニヤついてんじゃないわよ!!








家に着くと、もう7時を回っていた。

なんだか安心したような、気が抜けたような。

(肇って、好きな人とか、いるのかしら?)

どうにも気になってしまった私は、電車で樋口に聞いてしまった。

どうやら、そう言う人はいないらしい。どころか、最近では、樋口と肇の間では私の話がよく出るんだとか。

それも、大体は私のことを褒めてくれているらしい。

全く。。人の気も知らないでどんな話をしてるんだか。。?

でもよかった。肇にとって、私が、どうでもいい存在じゃなさそうで。

もちろん、肇はそんな人じゃないのはわかってるけど。。

文化祭が終わっても、仲良しでいたいな。

最近の私は、もう目を逸らさないことにしている。

会わない時も、文化祭とはまるで関係ないことを考えているときも、私の心にはいつも肇がいる。

いや、いるんじゃない。私の心が、肇を求めている。

そう。これはきっと、こう言うのをきっと
















恋っていうのね。

もう目を逸らすのはやめたの。

それよりも、この気持ちとどうやって折り合いをつけるか。

もっと言えば、いつ、どのようにして、この気持ちを伝えるか、ね。

怖くないかと聞かれればもちろん怖いわ。でも、何もしないままでいて、いつの間にか肇に彼女ができていたり、卒業してそれきりになったりするのはもっと嫌なだけ。

あと数日でコンクールもひと段落つくし、それからゆっくり考えよう。


肇は、剣道の試合で立派な姿を私に見せてくれたわ。

今度は、私の番ね。





こうして迎えたコンクール当日。私はとても落ち着いていた。もう、今から劇的に演奏が良くなることはない。だからこそ、私達は今日まで長い時間をかけて練習してきた。

今日いきなりいいとこ見せようとして失敗してたらなんの意味もない。

落ち着いて、いつも通りに。それが一番いい演奏になるはず。


私達の出演順は3番。20団体以上が出場する中で3番なので、かなり早い方だ。

会場に着いたのが9時。ここで一旦打楽器とは分かれて準備していく。

私達管楽器は楽器の保管場所までそれぞれ楽器を運んで組み立て。それから集合場所へ。

チューニング室、リハーサル室と連盟が定めた場所を順番に回っていく。打楽器は駐車場から直接搬入口に行くので、管楽器と合流するのは舞台袖になる。

管楽器といっても様々な大きさで、私はクラリネットだから全然楽だけど、それこそチューバなどの大きな楽器は大変だろうと思う。毎年、この移動の間で楽器を落としたりぶつけたりする光景はよく目にする。

本番前の緊張感が高まっている時だからこそ起こるんだろうけど、本番前だからこそ落ち着いていたい。高橋、気をつけてよ。

それとなく見てみると、ユーフォの子が高橋の楽譜を一緒に持ってあげているようだった。

よかった。あれから少し心配だったけど、高橋もうまくなじめているみたいね。

阿部も、特に問題はなさそうね。


リハーサル室を出て舞台袖に着いた。打楽器のメンバーはすでに組み立てを終えて待機していた。樋口だけはティンパニのチューニングをしている。

今、開会式を終えて1団体目演奏が始まったところのようだ。

ジリジリと自分達の出番に近づいていく。

平常心を保とうと、小声で話をする子もいれば、泣き出している子もいる。

私は、クラの後輩を中心に少し声をかけてみた。

「いよいよね。皆、大丈夫?」

『先輩、ありがとうございます。大丈夫です。』

『先輩!足を引っ張らないように頑張ります!』

『私、先輩に会えてよかったです。。』

なんというか、今年は妹キャラが多いわね笑

このメンバーだから、ここまで来られたのよ。

皆、頑張ろうね!



本番というのは、いつもあっという間だ。

もちろん、今回も例外ではなかった。

いつもと違ったのは、演奏中のことをはっきり覚えていることだ。

始まってから終わりまで、全部はっきり覚えている。

不思議ね。こんなこと今まで一度もなかったのに。

これが、今まで頑張ってきた結果なのかもしれない。

演奏中は本当に楽しかった。

小さなミスは、人によってはあったみたいだけど、バンド全体としてはいい演奏ができたと思う。

演奏後、これまでのいろいろなことが走馬灯みたいに頭の中に流れた。

入学してすぐ、中学からクラを吹いていた私は、高校でもクラを希望して、すぐに決まった。クラで唯一の同級生とは、最初から割と仲良くやってこられた。揉めたのは、立ったの一回だけ。パートリーダーを決める時だった。

彼女の言い分は、上手い方がパートリーダーをやってほしいというものだった。

私の主張は、まとめるのが上手い人がリーダーをやるべきだというもの。

そもそも実力だって全然大差なかったし。

でも、そこで腹を割って話した私達は、もっと仲良くなった。今では頼れる友達。

他にも、阿部と高橋のこと。部長を決める会議のこと。(私は部長に樋口を推薦したけど、本人が断固引き受けなかった)今日の今日まで、皆で一生懸命練習してきたこと。

沢山の事を一気に思い出して、さすがの私も気持ちが込み上げる。

ただただ涙が流れた。なにも言えず、どうすることもできずに泣いた。

クラの同級生が、私の肩を抱いてくれた。

私は、やっぱり何も言えずにその手を握りしめて泣いた。

ありがとう。あなたのこの手に何度救われたか。

結果はどうなるかわからないけど、私達にとって今回の演奏は一生の思い出になるわ。

肇は、聴いていてくれたかな?





夕方、全ての団体が演奏を終え、結果発表となった。

結論から言えば、私達は代表にはなれなかった。

点数で言えば一点差だったけど、この点数が私達の今の実力だったんだと思う。

どこの学校も、条件は同じだから。

前に、肇が言ってた「紙一重でも、確かに実力差があった」という言葉の意味がやっとわかった気がした。

結果は残念だったけど、演奏の内容には満足していた。

すごく楽しかったし、身体が熱くなった。

強いて言えば、もっとこのメンバーで演奏したかったな。。

そう思ったら、また少し泣いた。

ふと気がつくと、樋口までもが泣いていた。

そうだよね、やっぱり、悔しいよね。私達、頑張ったもんね。

ありがとね、樋口。あなたがいなかったら、ここまでの結果は残せなかったわ。

皆も、きっとそう思ってるわ。

また皆で演奏したい。でも、もうそれは叶わないんだと思ったら、涙が止まらなかった。



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