浦上家の家臣として笑う男
「凛とした目つきをしている」
その直家がようやく一所に落ち着いたのは十六歳の時である。
もっとも、元の鞘に納まったと言うだけの話でもある。直家が仕えたのは備前の浦上家、そう祖父の能家が仕えて名を上げた家である。
「それはそれは」
直家の口元は軽く笑みを浮かべている、だがそれでいて緩みはない。
そして両目は輝きを放っている。要するに、今の直家は何とも爽やかな笑みを浮かべていたのだ。
浦上宗景の父村宗は直家の祖父能家の主君である。当然、宗景も能家の才能と活躍をよく知っていた。その能家の孫である直家に期待をするのは当然だろう。ましてやこうして才覚のありそうな顔を見せ付けられては期待するなと言う方が無理である。
その裏にどす黒いと形容する事すら生ぬるい情念が渦巻いている事など、宗景には予測もし得なかったのだ。
直家の心の中の黒い情念を浦上家内に一人だけ察している人間がいるとすれば、島村盛実だけであっただろう。しかし、彼が直家に危機感を抱いた所で皆ああそうとしか思わなかっただろう。
盛実こそ、能家を殺した張本人なのだから。直家に盛実に対する悪意がないとなれば直家の方が非難される時代である。
「でもまあ、そこまで頭の沸騰した人物でもあるまい」
浦上家は備前・美作を有していた。領国の大きさとしては決して小勢力ではない。しかし、西にはその浦上家より遥かに強大な勢力が二つあった。
一つは出雲の尼子氏、もう一つは安芸の毛利氏。尼子氏はやや衰えているが依然として出雲・石見・備後・備中・伯耆に戦力を張り、毛利氏は安芸・周防・長門をがっちり抑え備中・豊前にも進出し勢いも盛んである。
結局浦上氏は相対的には小勢力なのだ。その小勢力が内輪もめを起こすなど自爆以外の何でもない。
とりあえずは備前の隣国である備中を支配する三村氏を配下に置く毛利が厄介だが、尼子にも気を付けねばならない。
「西播磨はどうだ」
「小寺の抵抗が結構厳しく思うようには」
西と北には強力な勢力がいた浦上氏であったが、東の播磨には大勢力はいない。その方向に勢力拡張となるのは自然な流れであるが、西播磨で最大の勢力を張る小寺氏の抵抗が意外に激しい。
「別所を抱き込めないか」
「抱き込んだ後どうします?」
東播磨の別所氏と結んで東西から小寺を挟撃すると言うのは悪い案ではない。されど、その場合西播磨は浦上と別所で折半と言う事になるであろう。
西播磨の領国は大体二十数万石と行った所で、半分となれば十万石である。十万石増えた所で尼子や毛利と対抗できるのだろうか、もちろんその次に別所を潰すと言う事になるが、そうやって戦を繰り返している時間と余裕があるのだろうか。
「毛利の勢力伸長が著しいようだな」
「今や備中にも一文字三ツ星の旗が翻っていると言う話で」
毛利と尼子、二つの大勢力を気にしなければならないのが今の浦上ではあるが、両勢力が対決を続けているのもまた事実である。
両者とも浦上を自分側に引きずり込もうとしては来るが、浦上以上の大敵を目の前にして浦上にかかずっている場合でないのもまた厳然たる事実である。だから浦上にとっては今こそ播磨に出兵する好機なのだ。
そして、その好機はそう長く続かない事を直家は知っていた。
尼子が毛利により潰れれば物理的に考えて次の標的は浦上となる。毛利が尼子の領国を合わせれば浦上など一撃で吹き飛ばされる。
その前に播磨を飲み込んで勢力を拡張し、毛利と対峙できる程度まで国力を拡充しておきたい。
「うむ、要するに時間はさほどないと言う訳か…直家、よく教えてくれた」
「いえいえ、家臣として当然の勤めでございます」
宗景は直家の見識に感心しきりであった。
「あっそれと、もう一つ言っておきますが」
「まだ何かあるのか」
「いえ、確かに尼子は危ない状況ではあります、されどまだ潰れた訳ではありません」
「そうだな」
「先走りをする者がいないかどうかがそれがしは不安です」
「先走りと言うと」
「これから先、尼子が勢力を盛り返さない保証はどこにもありません」
「にも関わらず毛利と結ぼうとする輩がいると?」
「そうです」
一見正論だが、実際は屁理屈であった。
どんなに家が大きくなろうとも、当主の器量一つで簡単に家の行方が左右されるのが乱世である。
一方の当主がもう一方の当主の策にかかって功臣を始末した、どう考えても前者の衰退は逃れようがない話だ。そしてその前者が尼子なのだ。
「確かに毛利は脅威だ。だがな、我らとてそうやすやすと屈する理由はない。にも関わらず、毛利に取り入ろうとしている輩がいるとそなたは申すのだな」
「そういう事です」
しかしこれまでの話術によってものの見事に直家に籠絡されていた宗景は直家の屁理屈に丸め込まれてしまう。
実際問題、いかに強大な敵であろうとも武家として一回も戦いもしない内に屈したくない。浦上家のためを思って毛利に通じているのならばともかく、浦上家が滅んでも自分だけ生き残ろうと言う浅ましい動機で毛利に味方されてはたまった物ではない。
「で、心当たりはあるのか」
「はい」
直家は魅惑的な笑みを浮かべながら頭を下げた。
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