第60話 番外編 久しぶりの暗号は(平原目線)

「高校1年の冬に、一回だけ伊藤と奏音が一緒にいるのを見た事があるんだ。コンビニで。伊藤が奏音の肩に頭を載せていてそれを奏音がポンポンって。その時、回り道をしても結局二人の未来が繋がっているんじゃないかって思った。だから奏音に告白しないって決めてた。だけど、大学に合格したらもう一度会うぐらい許されるかと。それからずっと会えるのが嬉しくて。」


手足が縛られていてなんとも格好がつかないまま、脇役だと思っている理由を説明した。すると涙目だった奏音が、


「待って。それって。あれ?健さんその頃から告白とか私の事そう思っててくれてたって事ですよね?」


伊藤云々をすっとばして聞いてきた。


「そうなります。」


うなづくと急に立ち上がり、俺の手足の縛めいましめを解き始めた。


「あれ?いいの。」


「だって、」


奏音は俺の腕の中に飛び込んでくると、


「ぎゅってして欲しくなりました。」


と俺をぎゅっとしてきた。久しぶりの奏音の感触に俺も思わずぎゅっとお返しをした。そのまま奏音は俺の胸に顔を埋めたまま、


「多分、健さんが見たやつはおまじないです。舞台に上がる前、優くんは手がガタガタ震えて動かなくなるんです。今から思えば、フォーカルジストニアの前兆だったかもしれないです。それを静めるおまじないで、多分アメリカに行く前の最後のおまじないです。あれが、私と優くんの決別でした。」


奏音の頭をなんとなしに撫でた。一生懸命説明しようとしてくれているのが伝わってきた。


「連弾のパートナーと言っても、内情はぐちゃぐちゃで。違う先生について音大に入った今なら分かるんです。優くんのお母さんは私が優くんより上手になったり目立つ事を望んで無くて、そういう指導をされていたって。だから、私は二度と優くんと組まない。でも、弟みたいなものでしたから、彼の復活は嬉しくて。私にとって健さんは自慢の彼氏なので、見せびらかしたくもあり。健さんが嫌な思いをするとは想像もしないで、ごめんなさい。」


お互いに伊藤の事は別の意味で話題にしたくなく、蓋をしていたんだと思った。


「ありがとう。奏音。逃げないで早く話せば良かった。奏音にちょっと会えないだけで、辛かったからずっとになったらどうしようかと思っていた。」


すると俺の背中にしがみついていた奏音の手が離された。


「健さんにお願いがあります。」


鞄から奏音が取り出したのは小さな箱で中には歪んだような形の銀色の指輪が入っていた。


「姉が、彫金教室に通っているので、ペアリングを作ってもらいました。右手の薬指につけて優くんのコンサートに一緒に行って下さい。やっぱり私は隣には健さんにいて欲しい。」


「うん。分かった。行く。」


ここまでしてくれた奏音のお願いには即答で応えるしかない。奏音が大きい方を俺の指にはめてくれた。俺はもう一つを奏音の指にはめる。ぴったりだ。


「個性的なデザインだね。」


「角度を変えるとハートに見えるんです。シルバーだから時々磨いて下さいね。黒ずんじゃうから。ここに字入ってます。久しぶりの暗号です。」


「うん。これは一目瞭然のペアリングだ。凄いなぁ。伊藤の前で見せびらかすの?」


「はい。良いでしょって。少し早めのバレンタインです。」


「じゃあ、ホワイトデー頑張る。」


ホワイトデーのハードルが上がってしまった。そして暗号を眺める。CoコバルトIヨウ素と刻まれていた。


「暗号解けました?」


「ん、俺はずっと君に恋してるってことか。」


言いながら照れる。


「それでもいいです。いいですけど。正解は、私の恋は健さんです。」


いや、そこ負けず嫌いだなぁ。

fin






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