第18話 看板娘キャサリン

 そういえば、伊藤は何組になったのだろうと調べてみたら名前がなくびっくりした。辞めてしまったのかとぞっとした。ほどなくして海外に行ってしまったと聞いた。やはり才能があるから、音楽留学になったのだろうというのが大体の見解だが、もしかしたら治療を兼ねての海外かもしれないと俺と戸村は静かに推察していた。そのおかげで戸村はやたらとチャンスだ蔵森ちゃんと付き合っちゃえと押してくるようになった。

 

 でも俺はやっぱりあの冬の初めてみた2人でいる所や、ピアノへ向き合う蔵森さんを知ってしまったからそんな簡単な事では無いと思っていた。


 そうこうするうちに6月。文化祭の季節がやってきた。いつも科学部は体験実験教室みたいなのを開いているが、今年は何故か喫茶店企画が通ってしまった。生物班や化学班の三年生はクラス企画に専念したいからってもうノータッチで次期部長が何故か俺で副部長が戸村だから戸村が出した企画だ。


 数学班の理科室2は戸村が封鎖して生物系理科室3は生臭く(亀とかイモリとかアフリカツメガエルとか。生物班の女子が可愛がっている)、化学系理科室4は薬品とか美味しくなさそうな構造式モデルの乱立、ガラス器具を愛する化学班から反発があり、喫茶店は物理系理科室1に決定した。


 それでも看板娘は人体模型のキャサリン(といつのまにか命名され名札がついている)で鹿の剥製や天球儀を飾り、妖しい雰囲気満載まんさいだ。ここで、飲み物とかき氷とドーナツ(有名なあそこから仕入れたもの)を提供する事になった。


 そして俺は戸村の連日の試作かき氷にお腹を緩ませていた。もう今夏はアイスはいらないかもしれない。ぶどうジュースを凍らせて、レモンをかけると赤くなるかき氷なのだが緑にもしたい戸村が悪かった。緑はアルカリ性なので食べ物では無理だというのに。アルカリイオン水をかけてみたりしてシャビシャビ。炭酸水素ナトリウム(重曹)をかけるのは止めさせた。せっかく購入した炭酸水素ナトリウムを戸村は使いたくて仕方ないらしく、カルメ焼きを極めはじめ、希望者には作らせるコーナーを設けてしまった。


 衣装は、白衣で科学部らしく行くか、売り上げ重視清潔感で行くかで部内でもめにもめたが、売り上げ重視エプロンマスク三角巾に決定した。


 当日、俺は意外にも忙しくしていた。飲食系は出店でみせが多いなか、イートインコーナー的な理科室は人気が出てしまい締め切った他の理科室前に椅子を並べる始末で、廊下の管理まで必要だった。


 そんな中、蔵森さんがかき氷を食べてると戸村からの伝言を一年生の部員富田くんがしてきた。やっぱり姿が見たくなって富田くんにその場をお願いして理科室内へ入ると彼女の後ろ姿があった。山口さんとか数人の女子でかき氷を食べていた。


 山口さんに絡まれながら接客している戸村が俺に気づくと女子達が一斉に俺の方を振り向いた。その迫力に後退りあとずさりしそうになった俺に後ろからお客が容赦なくドーナツを要求してきた。目の端に蔵森さんをとどめるだけになりながら、ドーナツを売り捌きに戻るはめになってしまった。


 三角巾についているドーナツ印(ドーナツ主任用と戸村がプラ板で作ったバッチ)のせいだ。接客しながら、富田くんの三角巾に無理矢理ドーナツ印をつけて理科室に戻った時にはもう、蔵森さんはいなかった。


 明らかにガックリして思わず椅子に腰掛けた俺に戸村がいそいそとカルメ焼き5個入りを差し出してきた。 


「いま、カルメ焼きの気分じゃないし、五個もいらない。」


と呟くと、戸村に盛大に頭をはたかれ


「バカめっ。注文だ!配達いってきやがれ。2年4組蔵森ちゃんだ!」



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