第16話 彼女の伴奏
バレンタインは戸村が理科室4(化学系)で作った生チョコを部室で食べさせられ、
「大丈夫山口さんに聞いたけど蔵森ちゃんは誰にもチョコ配ってないって。なんか今回はそういうの無しにするとか言って友チョコもしてないって。落ち込まないで、タケちゃん」
と慰められた。落ち込んでいるのではなく、ガチ実験器具の湯煎なべの上のビーカーでチョコを溶かし、薬さじとスパチュラでシャーレにチョコを入れ理科室の冷蔵庫で固めてる戸村が怖いのと食べてる自分の身体を心配しているだけだ。
一応、まだ身体は壊してない2月末。音楽の授業の始まりに蔵森さんがすっと挙手をして
「先生、今日から伴奏入ります。」
と言った。それから指揮者決めになり、決まるまで好きに弾いてなさいと言われた蔵森さんは課題曲をスラスラと弾き始めた。俺の位置からよく手元が見えた。曲の流れもさることながら指の動きまで綺麗で、今まで合わせていた音楽の先生の伴奏はなんだったんだと思うほどだった。その彼女の伴奏にテンションが上がったクラスは指揮者決めに気合いが入り名前が上がる連中は全て先生に却下されていた。
「戦力の子を指揮者にしちゃダメよー」
と。何故か俺も候補に入ってしまったがテノールは貴重だと免除され、結局はバスから美術部男子が選ばれていた。
2月の最終日、明日が卒業式という日に文集が配られた。クラス内で評判は上々でほっと胸をなでおろすと同時に寂しさを感じた。これが始まりで、噂の上だけ彼氏みたいになったりしたけど、最近は、さっぱりなんもない。編集後記に2人で名前が並んだだけでも奇跡と思えて。最後のそのページを何度も眺めてしまった。
そして合唱祭。 伊藤はやはりピアノを弾くことは無かった。蔵森さんはと言うと、彼女の伴奏のみを聞きたかったなんて声があがるほどの演奏だった。SNSに上がったクラスの発表を再生して彼女が歌いながら弾いてるのを発見した時はその姿に見惚れてしまった。この曲が作られた背景も研究しての彼女の演奏であったと思う。彼女には彼女のピアノがあるのに伊藤を気にして同じ高校に進み、避けられ、悪評を浴びながら耐えていたのかと思うとそこに伊藤への想いを感じずにはいられなく、また落ち込んだりしながら終了式を迎え春休みになってしまった。
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