後編

 かったるい日々はうなりをあげながらも続いていく。

 僕の場合のかったるい時間とは、ラーメンをいただくまでの準備段階、つまりバイトでお金をかせいでいる今この時間である。

 レジ打ちそのものは慣れたからどうも思わないのだが、いかんせん肩がこる。暇を見つけては肩のあたりをひと揉みふた揉みして、なんとかしのいでいる。


 時計も見たくなるが、時計を見てしまうと、落胆か油断かのどちらかを絶対に味わうことになる。だから僕は、努めて時計にやりそうな目を外に向ける。

 どうやら風が強いようで、お客さんの髪がなびきまくっていた。そんな風景の中を、時折茶色い葉っぱが通り過ぎていく。


 先週通り過ぎて行った台風が実質的な夏の終止符だったみたいで、そこからパタンと暑いと感じる日が減った。

 夏は終わった。これから秋が始まり、その奥では冬がスタンバイしている。

 ラーメンに旬はないが、僕はやっぱり冬に食べるラーメンが好きだ。寒い中ですするラーメンは至福である。異論は認める。愛し方は人それぞれだ。


 冬のラーメンを食べるためには、冬のラーメン代を先に稼いでおく必要がある。ゆえに僕にとって秋は、毎年「バイトの秋」である。

 いや、ある意味これが本当の「食欲の秋」か。


 ♦


 僕の家からバイト先のスーパーまでは徒歩5分ほど。

 ということは、必然的に、同じ小中学校の友だちの家からも近いスーパーであるといえる。

 ということは、必然的に、勤務中に同じ小中学校の友だちと会うことは少なくないといえる。

 バイトする際に友人に会うことを好む人もいれば、嫌う人もいる。

 僕はどちらかというと、どちらでもない。

 本当に、どちらでもない。少なくとも邪魔にはならない、という解釈でいいだろう。


 僕の今日のバイトは20時まで。いろいろあって20時15分くらいに店から出ると、やっぱり風が肌寒い。家から5分だし、という理由から、長そでのシャツに黒いパーカーで来たわけだが、もう少し厚着すればよかった、と数時間前の自分を恨む。


 街は静かだった。祝日の夜にしては人はまばらで、いたとしてもそれはスーツ姿のサラリーマン。祝日だろうが出勤する者たちだ、面構えが違う。


 そして、大きな国道の左の歩道を歩く。歩行者や自転車は少なかったが、自動車は多かった。なるほど、寒いもんね。犬の散歩すらもためらいたくなる寒さをしている。


 国道から少し外れた場所に、僕の家はある。かじかみかけの手でドアを開けようとしたが、鍵がかかっていることを思い出す。今日は母も父もちょっとワケあって帰りが遅い。僕はカバンの外ポケットにある鍵を手探りで探した。すぐに中指が探り当てたそれを引き抜いて、鍵穴に差し込んだ。


 これが僕の日常だ。不満はなく、満足している。

 僕の1日は、これでいい。ただ少し、ラーメンがあれば加点される毎日。それだけでいいのだ。


 ♦


 風の音が聞こえる。雨戸に向かってビュンビュン吹きつけているのが目に見えてわかる。いや、風が見える能力者ではないですけども。


 眠くはないが、そうはいっても手持ち無沙汰で、僕はスマホでニュースを見ていた。テレビをつけてもバラエティーばっかりで、BGM代わりにクイズ番組をつけっぱなしにしていた。


 そうやってダラダラしていたら、1つのニュースが目に飛び込んできた。


「ラーメン評論家によるセクハラ」というヤツだ。


 僕はやっぱりラーメンという単語がニュースに並んでいたら、過保護な親のように気になってしまう。それがマイナスっぽい見出しならなおさらだ。


 少し読んでみて、あっけにとられた。

 そもそも、ラーメン評論家という存在が、僕はどうなのかと感じていた。

 テレビで「ラーメン評論家の〇〇さんです!」という紹介を耳にするたび、心のどこかで嫌悪感を抱いていた。


 人の作ったラーメンを食べて、えらそうに批判して、金が得られる?そんなバカな話があってたまるか、と。


 そもそもラーメンには好みというものが確実に存在する。そうでなければ、しょうゆだけ作っていればいいだけの話だ。でも日本には何種類もの味が存在する。店側は、そこの違いでちゃんと勝負をしている。


 たとえそこのラーメンがまずかったとしても、その店が続いている理由を考えたほうがいい。だれかがそこの味を気に入っているか、店が驚くほど清潔か、はたまた店主の性格がべらぼうにいいか。


 あなたの意見だけでは世界は回せない。それなのに、味覚はみんな等しいみたいな先入観をもって、代表みたいなツラをたらして、何様なんだ。


 だいたい、なんでセクハラしてんだよ。


 と怒ったところで、この記事は被害者視点のお話。一応弁明も見ておくか、ということで、そのラーメン評論家とやらのブログも見てみた。


 案の定というべきか、彼はひどい人間だった。

 謝罪とは言えない、開き直りというべき文章。ちりばめられた顔文字は読者の怒りをさらに燃え盛らせるスパイス。


 僕はラーメンが好きだ。だからこそ、ラーメンを愛する人も愛したい。

 だが、そんなうまくはいかないらしい。


 僕はラーメンをまずいと言うこと自体に怒っているのではない。散々言っている通り、味の好みは人によるからだ。

 僕が怒っているのは、えらそうに味を評価したうえで、えらそうに自分の好みをそのまま他人におしつける、代表気取りの評論家とやらだ。


 ピンポンピンポーンというクイズ番組の効果音が、僕を我に返らせた。今怒ったところで、だれも聞き手はいないし、一人で勝手にイライラすることほど無駄に疲れることはない。


 僕は小腹が減ったのでテレビを消して、キッチンに向かった。

 引き出しを開けて、カップ麺を取り出す。慣れたもので、自分でもいえるほど手際がいい。

 水を適量入れた電気ケトルを電源プレートに戻し、カチッとスイッチを押した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

模範的ラーメンファン 茶碗虫 @chawan-mushi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ