我思うけれど我在り?~そして僕は聖女になった

おじむ

第1話 ひび割れた産声

顔面パックリ割れていた。


通常よりひと月ほど早い出産だった。

体重は1960gで未熟児と言われる状態だ。


それだけならまだ良かった。

ちゃんと生きているのだから。

しかし、その子にはもう一つの問題があった。


口唇口蓋裂こうしんこうがいれつ

外表奇形がいひょうきけいの一種で、アジア人に比較的多い

胎児の顔面形成の不良だ。

上顎うわあご上唇うわくちびるが鼻の奥まで裂けている。


近年は治療法も進み、何段階かに分けて施術する事で

多少の変形は残るが、かなり目立たなくなる。


1973年 昭和48年


しかし、その子が産まれた時代に

見た目を重視する治療は、

まだ確立されてはいなかった。


戦後の高度成長期。


地方の田舎では迷信が幅を利かせていて、

古い価値観の中で育った若者が

集団就職で都会に流れ込んでいた。

その子の両親もまた、その様な者達であった。


父親は高卒で大手メーカーに就職し、

がむしゃらに働いて35歳で独立し、

町工場の経営者となった。


田舎の親戚から勧められて見合いをし、

5歳年下の行かず後家と結婚した。


待望の赤ちゃん。

男の子なら跡取りに。

もちろん女の子でも良い。

一姫二太郎と言うではないか!


名前もとうに決まっている。

田舎の実家から候補が送られて来た。

この中から選べと。


初孫だ!


産まれたら暫くは大騒ぎだなと。

そうでしょうねと。


これからは学歴が物を言うからなと。

ならい事も必要よと。


幸せな二人だった。

愛情たっぷりに育てられる筈だった。

産まれるまでは・・・


母親は母乳を与えようとはしなかった。

抱く事さえ拒否した。

父親は口汚く罵った、お前は鬼腹だと。


「みつくちの餓鬼などいらねぇ!」


兎の口みつくち

酷い言い方だ。


仏の教えは何のため?

神の救いは誰のため?

人の心のみにくさの

絶える事なき涙川


それでも生まれたからには役所に届けなければならない。

届ける為には名が必要だ。


使う事は許さぬ、別の名を考えろと

田舎の祖父母は冷たく言った。

愛情の無い子に名を付けるのは意外と難しい。

何も思いつかない。


「〇〇アキラで御座います!

皆様の清き一票を!

どうぞお願い致します!

〇〇アキラ!〇〇アキラで御座います!」


市長選挙の街宣車が通る。


うるせぇな!気が散るじゃねぇか!

ん?

まてよ・・・ははっ!

ちょうど良い、あれにするか!


その子の名は「明(あきら)」

渡辺 明。


やがて母親は正気を失い実家に帰され、

明は母方の親戚に預けられた。

程なくして離縁となり、

父親は飲み屋で働く女を後妻に迎えた。


1歳の誕生日を待たずに明は

高橋 明になった。


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