5-6 答え合わせ

「総帥、失礼します! 至急お会いしていただきたい方がいらっしゃいます」

「何事だ。村の長なら昨日話をつけたばかり――」


 部屋の中から現れたセヴィリオは、不機嫌を軍兵にぶつけるが、背後にいるリアナーレに気づくと言葉を止めた。

 本来ならこの場にいるはずのない存在だ。固まるのも無理はない。


「話があるのは私」


 真剣に訴えかけると、セヴィリオは兵士を押しのけ、リアナーレの腕を引いて室内に入れてくれる。


 他の兵士たちは村の農作業小屋や、酷いと馬小屋に雑魚寝だが、一国の王子ともなると、流石に一軒家が与えられているようだ。


 造りは簡素だが、立派な暖炉がついていることからして、田舎にしては裕福な家庭だろう。元の住民は一時的に追い出されたらしく、彼の姿しか見当たらない。


「リアナ!? 何故ここに!?」

「流石の私だって、この体で戦場に立とうなんて思ってなかった。誰なら命じることが可能か、分かるでしょ?」

「ライアス……」 

「そんなことより、今は話を聞いて」


 敵国の進軍がどれほど進んでいて、いつ頃ぶつかる予定かリアナーレは把握していない。一秒でも早く、戦に必要な情報を伝える必要がある。中身の入れ替わりの話もひとまず後回しだ。


 リアナーレは冷静に、ここへ来ることになった経緯と、道中考えてきた対策を話す。


 セヴィリオは黙って最後まで話を聞き、兄が考えた戦略ではないことを確認した。

 幸い、二国が衝突するまで、まだ時間の余裕があるようだ。


 しばらく悩んだ後で、彼はマルセルをはじめとした指揮官を呼び出し、作戦変更の指示を出す。

 聖女様のお告げだと言うと、誰からも抗議の声は上がらなかった。


「私の話を鵜呑みにしていいの?」

「僕も考えた上で判断した。的確な対応だと思うし、何より戦場において君に勝る指揮官はいないよ」


 聖女様のふりをする、下手な芝居を止めたことに彼はすぐ気づいたらしい。 


 人払いをして二人きりになった家の中、セヴィリオは嫁の偽物を抱き締める。

 聖女様を演じていた時と変わらぬ抱擁に、リアナーレは安堵した。


 総帥は入れ替わりに気づいているというエルドの話を、ずっと信じていなかった。そんなはずがないと思っていないと、拒絶された時に耐えられないだろうから。


「いつから中身が入れ替わっていることに気づいてたの」

「最初から。怒って部屋に乗り込んできた時から、気づいてた」


 気づいていたなら言ってくれれば良かったのに。

 リアナーレは文句を言おうとして止めた。彼が言い出さなかった理由は、エルドの指摘通りだろう。


 —―約束はどうなるの?


 父の葬儀の日、泣きそうな顔で訴えるセヴィリオを思い出す。

 彼は将来を誓った幼い約束を信じ、叶えようとしていた。先に破ったのはリアナーレの方だ。


 軍に入るというリアナーレの決断は、彼の人生を歪めてしまった。

 性格と武術の才能からして軍人には向いていなかったセヴィリオは、総帥の座に就くにあたり人知れず努力をしたに違いない。


「ごめんなさい」

「何で謝るの」

「私のせいで、セヴィーはなりたくもない総帥になったのでしょ? 貴方の気持ちを知らないで、酷いことをたくさん言った」


 泣き言を漏らす彼に、辛いのなら辞めれば良い。どんな貴方でも愛しているし、支えていくと言ってあげられなかった。


「リアナは僕のこと、男として見てくれないと思ってた。だから入れ替わりに気づいていないふりをして、妻であるよう求めた。卑怯だったよね、ごめん」


 リアナーレは静かに首を左右に振る。


 父の後を継ぐ道を選んだ時点で、リアナーレは女としての人生を捨てることになると分かっていた。

 それでも、成し遂げたいことがあった。国を平和に導くことが、父の遺志、アストレイ家の使命だと思っていたのだ。

 

 セヴィリオのことは家族同然に愛していたからこそ、何らかの形で傍に居られれば良いと言い聞かせた。


 彼の気持ちなど全く知らず、考えることもせず、リアナーレは自分だけが悲劇のヒロインになったつもりでいた。


「私の決断は間違ってたのかな」


 ここに来るまで、随分と遠回りをした。正しいと思って選んだ道だったが、誤っていたのかもしれない。


 瞬きをすると、涙が頬を伝っていく。罪悪感で次から次へと水分があふれ出し、滅多に泣かないリアナーレはどうしたら止まるのかと困惑した。

 王子様は優しく微笑みながら、指で水滴を拭ってくれる。


「正しかったと思う。リアナには妃としての生活は退屈すぎる」

「そうかもね」


 この男は、どこまで優しいのだろう。どれほど、リアナーレのことを愛してくれているのだろう。ちっとも女らしくないのに。


「楽しそうに庭を駆け回るリアナが好きだった。僕をいつも明るいところに引っ張りだしてくれる、希望の光だった。自分を犠牲にしてでも、信念に生きる君のことを尊敬しているし、結局僕はそんな君が好きなんだ」

「私も好き。泣き虫だけど優しいところ、兄と比べられながらも直向きに努力していたところ、全部好きだった」


 どちらからともなく、唇を重ねる。口づけならもう何度も交わしたが、素直にリアナーレとして彼の愛を受け止めるのは初めてだ。


 これまでと同じ行為のはずなのに、恐ろしいほどに幸せで、この幸せにずっとしがみついていたかった。



 

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