5-5 貴方の元へ

「これ、絶対罠なんだろうな」


 リアナーレは馬上で呟く。一人で乗るつもりだったのだが、かつての愛馬は既に誰かの手に渡ってしまっていた。

 結局、エルドの熱心な説得により、彼の軍馬に乗せてもらうことになった。リアナーレは居心地悪く元部下の腰に手を回し、しがみついて座っているだけである。


「そうっすねー。伝令だけなら待機兵を行かせるか、何なら俺だけで事足りるっす」

「国王代理の命令とあらば背くわけにもいかないしね……ああ、私ってばなんて有能な駒なの」


 騒ぎを起こせば回避できたのかもしれないが、ライアスからは有無を言わさぬという圧力を感じた。

 何かよからぬことを企んでいると明らかだったが、素直に従っておくのが一番良い選択だったと思う。 


「貴方は一体何がしたいのですか。何か私に恨みでも?」


 去り際、リアナーレは王子に尋ねた。戦女神を殺したのはセヴィリオでなく、ライアスだと、ようやく確信に至る。


 セヴィリオは幼なじみを切り捨てたわけではなく、陰で護ろうとしてくれていた。護りきれなくて、全てを自分のせいにして背負い込もうとした。

 ずっと疑っていたことを、セヴィリオに会って謝りたい。聖女様に向ける愛とは別の種類かもしれないが、リアナーレにとっては十分だった。


「君個人に恨みなどなかったよ」


 リアナーレの問いに、ライアスは作り笑いを保ったまま即答した。


「では、何故」

「ボクは、君の体の持ち主だった彼女が欲しかったんだ」


 リアナーレは絶句する。彼の発言はセヴィリオに対する逆恨みを意味する。


 推測するに、ライアスは聖女様のことを気に入っていたが、国王は第一王子が庶民上がりの人間を娶ることを許さなかった。

 一方、国として聖女という存在を手放したくはなく、弟の方と結婚させた。ライアスからしてみれば、弟に聖女様を横取りされたわけだ。


 何故リアナーレに飛び火したのかは分からないが、ライアスは「幼なじみを護りたい」という弟の想いを知っていたのかもしれない。


「それにしても、兄弟で同じ人を好きになるってすごい泥沼」

「まだそんなこと言ってるんすか?」

「そういうことでしょ」


 同意を求めるが、彼はやれやれと首を横に振った。


「総帥が好きなのは、聖女様じゃないっすよ」

「え?」


 リアナーレは聞き返す。風を切る音がうるさくて、聞き間違えたのかもしれない。


「貴女です、隊長」

「え?」


 今度は聞き取れたが、エルドの言い間違えではないかと思う。


「あ、これ俺が言って良かったのかな。俺がばらしたって総帥に言わないでくださいね」

「そんなはず、ないでしょ…だって私が軍に入ってからセヴィーはずっと冷たくて」


 好意など微塵も感じられず、嫌われたのだと思っていた。


「そりゃ好きな女が自分よりも、軍に入ることを選んだら拗ねますよ」

「好きだなんて一度も言われたことないけど」


 リアナーレは瞬きを繰り返す。セヴィリオの態度が冷たくなったのは、確かに軍に入ってからだ。


 それまでは、どうだったか。


 どんなに美人で可愛いご令嬢にアプローチされても、セヴィリオは応じなかったし、女性関係の噂を聞いたこともない。

 彼がまともに相手をしていた令嬢となると、リアナーレだけだ。


 それは幼なじみであることと、社交的でない彼の性格に起因していると思っていた。好きだとも、愛しているとも言葉を交わしたことはなく、ただ当たり前のように傍にいただけ。


「隊長だって言ったことないんすよね」

「確かに、ない」


 もし、彼が好きだと伝えてくれていたら、リアナーレは軍に入ることよりも、彼を選んだだろうか。

 もし、好きと伝えていたら、セヴィリオは戦女神にも優しくしてくれただろうか。


 選ばなかった未来のことは分からない。考えたところで、あまり意味がない。


「もしかして、セヴィーって私の入れ替わりに気づいてた?」

「だから、何で隠せてると思うんすか。ライアス様にだってバレバレだったじゃないっすか」

「結構頑張ったつもりだったのに」


 月明かりの下、夜道を一頭の馬が駆けて行く。目的地まで、まだかなりの距離があった。急がねば、間に合わない。連合軍の奇襲を受け、本隊が壊滅する可能性がある。


 それとは別に、リアナーレは一刻も早く、セヴィリオの元へとたどり着きたかった。


 ――無事彼に会えたら、話をしよう。これまでの私達に足りなかった、二人の未来の話を。


 

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