4-5 苦悩

 プレスティジとオルセラの連合軍が進軍していると情報が舞い込んだのは、リアナ=キュアイスが部屋を訪れてから数日後のことだった。


「連合軍ですが、我が国と比べて圧倒的な戦力差があります。そこで、レクトランテに支援要請をしているところです」


 外交担当であるロベルト=アストレイ公爵は、緊急国議の場で早口に状況報告をする。普段は温厚でのんびりとした男だが、焦る気持ちがそうさせるのだろう。


 片や、報告の受け手である第一王子は、いつも通りの余裕をもって答える。余裕どころか、この男は有事に際しても退屈そうに見える。


「レクトランテは間違いなく応じるだろうね。長年睨みあいっこしてたオルセラが動いたんだから」

「はい。シャレイアンに対して友好的ですし、以前から有事の際は力を貸してもらうということで握っています」

「時間稼ぎはどうするつもり?」 


 ライアスは、円卓の丁度対角線上に座っている軍事総帥に向かって尋ねる。

 出席している他の大臣たちの視線が、一気にセヴィリオへと集中した。


「……モントレイの部隊に任せる」


 苦渋の決断だ。

 

 誰を選んだとしても、死んでこいと命じるようなもの。命じられた側も察するだろう。

 その状況下で、部隊をまとめ上げられるのは国への忠誠心が強く、部下からの信頼が厚い指揮官。リアナかモントレイのどちらかである。


 セヴィリオは絶対にリアナを選ぶことができない。彼女を護るために、この役職に就いたのだ。

 モントレイには申し訳ないが、二択だと告げたら彼も自己犠牲を選ぶだろう。


「モントレイねぇ。彼は快く応じるだろうけど、あそこの部隊は貴族の三男、四男も多いから賛成できないな」


 ライアスはつまらなさそうに、頭の後ろで手を組んだ。

 却下された時点で、セヴィリオはこの男がどの方向に話を持っていきたいのかを悟った。汗が背を伝う。唇が乾いて仕方ない。


 この場において、第一王子の発言に逆らえる人物は存在しない。最早この国にも存在しない。立場上可能なのは国王だが、近年、殆ど全ての権限をライアスに委ね、隠居状態なのである。

 

「他の部隊だって、同じようなものだ」

「あっ、そうだ。こうしたら? 精鋭の第一部隊を中心に特別部隊を組む。戦女神が先導するとなったら、有志でもそれなりに人数が集まるだろう」

「彼女は国の象徴として、これからのシャレイアンに必要不可欠な存在だ。捨て駒にはできない!」

 

 セヴィリオは机を叩きつけて立ち上がる。葡萄酒が溢れ、真っ白なテーブルクロスを染めた。


「あれ? 冷酷非道の軍事総帥と言われているわりに、随分と私情を挟んでいるようだね。もしかして、男女の仲だったりするのかな?」

「ライアス……」


 この男が黒と言えば、純白のドレスも喪服色に染まるのだ。

 セヴィリオは唇を噛みしめ、震えながら性格の悪い兄を睨むことしかできない。血の味が広がっていく。


「アストレイ公爵。君の方が私情を挟む権利はあると思うけど、何か意見はあるかい?」


 ライアスは不自然に瞳孔の開いた目で、ロベルトに問う。

 妹の死か、友人の死か。どうせロベルトの答えなど無視してライアスが決断するというのに、わざわざ確認する。反応を愉しみたいだけだ。


 ロベルトは震え上がる。青ざめた顔でしばらく視線を彷徨わせた後、当たり障りのない返事をした。


「……っ、二人とも、誇り高き軍人です。国の命令とあらば、全力で使命を全うするでしょう」

「そうだろうね。よし、それならリアナーレ=アストレイを総指揮官としよう」

「やめろ、彼女を行かせるというのなら、代わりに僕が出る」

「第二王子が何血迷ったことを言ってるんだい? ボクにもしもがあったら、王の座を継ぐのはお前だよ」


 もしもなど、起こすつもりもないくせに、都合の良いことを言ってのける。

 切れた唇も、呪いの進む片腕も痛んだが、それ以上に心が切り刻まれたようだ。傷口から、粘ついた負の感情が漏れ出ていく。


 セヴィリオは兄を呪う。お前が死ねば良いのにと。


「そんな顔して睨まないでよ。戦女神のことだから、いつも通り絶体絶命の戦局を覆すかもしれないだろう?」


 退屈そうだったライアスの顔は、今や歓びに満ちている。

 誰も止められない。王代理の権限をもって決定が下る。


「クソッ、クソがっ……!!」


 セヴィリオは一人残された円卓で、力の限り机を叩きつける。

 何のために総帥になったというのだ。何のために陰で血を吐きながら努力したというのだ。


 彼女を護ると誓ったのに、何も守れやしない。

 己の無力さを嘆くと同時に、この時ばかりはリアナのことを責めたくなった。彼女は何も悪くないというのに。


 下された命令に対し、国のために命を捧ぐと平然と言ってのけるリアナの様子が頭に浮かぶ。彼女はいつだって、セヴィリオを選ばない。


 嘘つき。


 ずっと傍にいるという幼い約束が、未来永劫セヴィリオを苦しめる。

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