3-3 重大任務

 さぁ、どこからでもかかってらっしゃい!

 

 リアナーレは脳内で、不届き者に対して宣言をする。


 この日は一般市民のふりをするため、リアナーレは膝丈までのチュニックを着ることを許されていた。

 上からガウンを羽織れば、すっかり町娘である。動きやすく、元戦女神としては大満足だ。


 セヴィリオも同じように身をやつし、ゆったりとした上衣を、革のベルトで締めている。

 普段横に流している前髪を下ろし、素朴さを装っているが、それでも上品さを隠しきれていない。


「あー、久しぶりの街! 嬉しい!」


 中心街から離れた裏路地で馬車を停め、リアナーレは地面に降り立つと、胸いっぱいに街の空気を吸った。

 下水の生臭さまでもが鼻をかすめるが、人々の生活を感じられるこのにおいが、リアナーレは案外好きだ。


「リアナ、こっち。おいで」

「えっ、ああ」


 セヴィリオは当たり前のように、リアナーレの手を握る。数歩離れていた距離がぐっと縮まった。

 手を引かれながら、二人は人混みを縫うようにして賑やかな街を歩き出す。


 すれ違う女性たちは揃いも揃ってセヴィリオに熱い視線を注いだ。

 第二王子だと、早速正体がバレているのではないかとリアナーレは心配になる。


 身の安全のため、シャレイアンの王族が国民に姿を晒すことは滅多にない。それでも、彼のアイスブルーの髪から、噂に聞く王子だと気づかれる可能性もある。


 間もなく冬になる季節だというのに、緊張でリアナーレの手には汗がにじんだ。


「手を繋いだままだと、歩きづらいと思うんだけど」

「恋人同士のふりをしなくちゃいけないんだから、これも任務だよ」

 

 そうか。リアナーレは一瞬納得しかけて、上手いこと彼に丸め込まれていることに気づく。

 もしや、恋人を狙った犯罪が横行しているというのも、甘ったるいデートをするためにセヴィリオがでっち上げた、ほら話ではないだろうか。


「やっぱり離して」

「放さない」


 セヴィリオは頑なだった。湿って気持ち悪いだろうに、聖女様の手を離そうとしない。人目も憚らず、むしろ見せつけるように、彼は朱色のレンガが印象的な街を闊歩する。


 少し敷居の高い店が並ぶ通りを抜ければ、円形の広場が待つ。大小様々な出店が円の形に沿って並び、人々は買い物や軽食を楽しんでいた。

 その遥か先には、陽の光を映して煌めく海が見えている。


「そこの美しいお姉さん。リンゴはどう? 安くしておくよ」


「兄さん、彼女にプレゼントはどうだい。南方から入って来た珍しい品があるんだ」


「クランベリーのビスコッティはいかが~? 女性に一番人気だよ!」


 セヴィリオに手を引かれながら、時計回りに出店を回っていく。


 次々と気さくに声をかけられるところをみると、王家の人間であることは気づかれていないようだ。

 どこかの貴族の子息が、入れ揚げた町娘とデートをしているように見えるのかもしれない。


「欲しいものがあったら何でも買うよ。どこか行きたいお店や見たいもの、ある?」


 ぐるりと一周、広場を回り終えると、優しい旦那様は妻に尋ねる。


「うーん……」


 リアナーレの行きたいところといえば、武具を扱う店や、刀鍛冶工房だ。本物の聖女様なら、絶対に行きたいとは言わない場所だろう。

 エルド相手ならともかく、少なくともセヴィリオの前では自重しなければならない。


 可愛いドレス、美しい宝石、巷で流行りの本。聖女様のイメージから思いつくのはどれも、リアナーレにとっては興味関心の薄いものばかりだ。


「特にないなら、リアナさえよければ後で道具屋に寄らせて欲しい。良い剣が入っていないか見たいんだ」

「もちろん! 行きましょ! 今すぐにでも!」


 数秒前まで連れ回されていたリアナーレだったが、この時ばかりは積極的に手を引いて歩き出す。


「ふっ……君は旦那想いの良い妻だね」


 セヴィリオは一瞬目を見開いて、破顔する。彼の慈愛に満ちた表情に、周りの女性たちが色めき立った。


 旦那想い……。そういうわけではないのだが、そういうことにしておこう。





「こちらは先日入荷したばかり、伝説の聖剣を模して作られた品でございます。なんとお値段たったの金貨一枚!」


 胡散臭い店主の言葉を無視して、リアナーレは店内を物色する。

 

 戦女神時代に何度か訪れたことのある店だが、ここの店主は客を選ぶ。見栄っ張りであったり、金持ちであったり、知識のない客には見た目の派手な武具を高値で売りつける。

 彼女連れで裕福そうなセヴィリオは、良いカモに映るだろう。


「これはどう?」


 リアナーレは気になった剣を、セヴィリオに差し出した。

 壁にすら飾られていない、雑多に置かれた廃棄品のような山の中から、なんとなく目に留まった一振りだ。


 彼は真っ黒で飾り気のない鞘から身を抜き、刀身をじっと眺める。


「良く見つけたね。装飾は地味でも、刃の厚みが均一で美しい」

「ま、まぁ、聖女の私にかかればこれしきのこと……。マスター、これは幾ら?」


 店主は二人が冷やかしの客ではなく、相応の使い手、目利きであることに気づいたようだ。

 セヴィリオが剣を構える姿を見て、小柄な男は仰々しい笑顔と営業をぴたりと止めた。


「それは物は良くても地味で売れないので、銀貨五十枚で構いません」


 この剣に銀貨五十枚は安すぎる。まさしく掘り出し物だ。

 セヴィリオが購入を決めると、店主は剣を上質な布で包み、運びやすいように革紐で縛ってくれる。


「以前はよく、戦女神様がこうして質の良い剣をお求めになられたものです。最近はお見掛けしませんが、元気にされているのでしょうか」


 店主が独り言ちる。セヴィリオは返事をしない。黙って、展示台に金貨を二枚置いた。


「釣りはいらない。剣の価値に見合うはずだ」

「ひえっ!? ありがとうございます」


 剣を受け取ると、彼は聖女様に微笑みかける。


「リアナが選んでくれた剣、大切にするよ」


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