第2章 暇なので好きにさせてもらいます

2-1 お悩み相談室

 暇だ。究極に暇。


 リアナーレは無駄に広い自室にて、時間を持て余していた。

 聖女様になってから早一週間、殆ど部屋に籠もりきりの日々だ。退屈で仕方がない。


 セヴィリオに外出の許可をとろうにも、できない。彼は一昨日から視察に出ており、不在なのだ。


「何かすることがないと退屈で死ぬ……」


 星詠みの聖女としての職務は殆ど存在していない。たまに相談に訪れる者に、当たり障りのない回答をするくらいだ。


 予知能力どころか占いも知らぬリアナーレだが、星座盤と水晶を前に、なんとか聖女様の振りをしていた。


「リアナ様、タリス大臣がいらっしゃいました」

「約束の時間通りに来るなんて珍しい。少し待ってもらって。今聖女様モードに切り替えるから」


 ふんぞり返ってだらけていたリアナーレは、本日唯一の用事に背筋を伸ばす。


 乱れた髪とドレスを手で整えた。椅子には深く座らない。浅く腰をかけ、手は膝の上に揃える。

 あとは最初に目が合った瞬間、柔らかく微笑みかけるだけ。第一印象さえ良ければ、多少の粗は何とかなるものだ。


「お待ちしておりましたわ、タリス様」


 リアナーレ時代には使うことのなかった表情筋を動かし、聖女様は訪問者を迎え入れる。


 ルーラに案内され、中年の男が部屋へと入ってきた。一歩一歩進むたびに、お腹の贅肉が揺れる。聖女に擬態したリアナーレを見るなり、男は鼻の穴を広げた。


「おおっ、これはこれは聖女様。本日も麗しい」


 このタヌキじじいめ。


 笑顔を引きつらせながら、リアナーレは心の中で憎まれ口を叩く。


 シャレイアンの財務大臣であるこの男とは、軍事予算を巡って過去に何度もやり合ったことがある。

 私腹を肥やす、ろくでもない男と分かっていながら、これまで一度も鼻を明かしてやれたことがない。


「今回聖女様に占ってもらいたいのは、次の戦の時期でして。秋の収穫祭に被るのであれば、祭りの準備を取りやめたいと思いましてな」


 タリスは丁寧に話してはいるものの、傲慢さを隠しきれていない。言葉の節々に、権力者としての自信が滲み出ている。


「準備を止めた場合、余った予算は何に使われるのですか? まさか、大臣の懐に入るなんてことはないですよね」


 先手必勝。聖女様は無知を装い、ばっさりと斬り込んだ。

 肥えたタヌキは吹き出す脂汗をハンケチーフで拭いながら、愛想笑いを浮かべる。


「ま、まさか、私がそのような真似をすることはありませんよ。余剰資金は軍に回します」

「流石。長年財務大臣を務められているだけあって、素晴らしいお考えです。総帥も喜びますわ」


 聖女様は無邪気に喜んでみせる。

 タリス大臣は、夫婦仲がよろしいようで何よりですと世辞を述べた。内心、セヴィリオに伝えられるのはまずいと思っていることだろう。


 面会時には室内に衛兵を一人置いているので、彼は嫌味一つ言えず、大人しいものだ。


「さて、占いますね」


 リアナーレは星座盤に取り付けられた、時計の針のようなものを適当に動かした。何やら考え込むふりをして、大きな水晶の塊を覗く。

 

 本物の聖女様がこれらの道具を使って、どのように占いをしていたのかを、リアナーレは勿論知らない。メイドのルーラも、方法までは知らなかった。

 それ故、リアナーレの回答は勘と、戦女神時代の見聞に基づくものだ。


「次の戦の時期ですが、収穫祭には被らないと思います」

「何故でしょう。過去の傾向からして、二ヶ月の間隔を開け、攻め込まれることはざらにある」


 占いの結果に理由など求めるな、と言いたいところだがそうはいかない。

 水晶に映る星々の輝きが告げていると胡散臭い台詞を吐いた上で、リアナーレは自分の見解を述べた。


 連合軍をもってしても敗北したことで、プレスティジ側は動揺している。戦女神が命を落としたことを知らない可能性もある。


 更に、南の大国オルセラが関与した際には援軍を送るという同盟を、シャレイアンと北の大国レクトランテの間で結んだはずだ。この情報は間もなく敵国の耳に入るだろう。


 また、プレスティジにとって農産業は国を支える大切な要素で、穀物の収穫時期は兵力を掻き集めることが難しい。


「よって、寒さが和らぐ春までは、次の衝突が起こらない可能性が高いのです」

「なるほど。占いだけでなく、裏付ける理由もあるのですな。素晴らしい」


 タヌキじじいはようやく納得してくれたようだ。口ひげを摘みながら、頷いている。


「ありがとうございます。タリス様、もう一つ、占いに出ていることをお話しても良いですか?」


 悩ましげに口元に手を当てる聖女様を前に、タリスは眉をひそめる。


「何か良くない結果が出たと見える」

「いえ、まだ防げることです。これ以上深みに嵌ると、隠しごとが暴かれる……何か思い当たる節があるようでしたら、お気をつけください」

「ははは、何のことやら。ご忠告、ありがとうございます」


 部屋の扉が開き、ルーラがワゴンを押して入ってくる。都合が悪くなったタリスは、用事があると一言詫び、そそくさと開いた扉から出ていった。


「タリス様、取り乱した様子で出ていかれましたけど、何かあったのですか?」

「ふっ、私の初勝利」


 タリスへの鬱憤を晴らすことで、幽閉生活によるストレスが少しだけ解消されたように思う。


「お紅茶のご用意が遅くなってしまい、申し訳ありません」

「いいの、いいの。代わりに私とルーラでお茶にしましょう」


 リアナーレは占い道具を机の隅に追いやり、ルーラをお茶に誘った。

 悪徳財務大臣と飲む紅茶よりも、可愛いメイドと飲む紅茶の方が美味しいに決まっている。

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