第16話 初陣

封鎖され、人が消え去っている駅前。そこに一台の軍用車。

目の前の黄色の幕で封鎖された場所に駆け込もうとする1人の女性を警察官が止めている。


「離して!!離してってば!!」


「危険ですって!民間人は避難して下さい!」


激しい2人のやりとりが聞こえる。

軍用車を降りるその背中には、竜が昇り9つの矢が携えているHHAの紋章が描かれたジャケット。


シンタ「あの人、何があったんだろう……」

❮9番隊 隊員:泉シンタ(17)レート120❯

その後ろからヒョコっと顔を出すもう1人の少年。


翔弥「何がですか?」

❮居間 翔弥(15)❯


警察官とひと悶着している女性の方へと歩いて向かうたばこの似合う隊長。

桜花「HHAです。ん?どうしたんですか?」

❮9番隊 隊長:喜多 桜花(21)レート790❯


女性はHHAとわかるや否や目の色を変え、桜花に無我夢中で抱きつく。

「私の子どもが人喰いにッ!!助けてください!」

女性は涙を流しながら訴える。


桜花「人喰いに……喰われたんですか……?」


「違います!今暴れているあの人喰いが私の娘ですッッ!!。」

「人喰いになった人間は助かりますか!?どうすれば助けれますか!?お願いしますお願いしますッッ。。。」

女性はそう言い、桜花の服を掴みながらその場に泣き崩れてしまった。

桜花は暗く歪んだ表情をしていた。

もちろん、その場にいるシンタや翔弥も……。


桜花は女性の顔が見るようにかがむ

桜花「残念ながら……。人喰いになった人間は……戻りません……。」


「そんな……。。。」


桜花「あんな醜い姿、あなたの娘じゃない……。」

桜花は握り拳を作り胸を叩く。

桜花「だからせめて私達が……あの怪物から娘さんを解放させます……。」

桜花「それが、私達の仕事です……。」

普段はいい加減で締まらない顔をしている桜花だが、この時の桜花は人々に寄り添い、救うために最善を尽くす人間に見えた。


桜花は女性の方を揺すり立ち上がる。

桜花「シンタ」

冷たく凍えそうな声でシンタを呼ぶ。


シンタ「はい」


桜花「この仕事は、こんな場面に向き合わなくちゃならない。」

桜花「その覚悟がお前にはあるか?」


桜花はあえて冷たく冷酷に言っている。強い人間というのは能力が強いとか力が強いとかではない。

”見たくない現実にどれだけ寄り添えるか”

その信念がある者が始めて強いと言える。


シンタ「俺は……。」

助けてもらった。憧れの人と仕事がしたかった。だから訓練学校に入学した。

正直、辛い仕事とは分かっていた。

こういう場面にはいつか必ず直面するという事なんて始めから覚悟して来てるハズだ。

”考えが甘い”

本当に苦しんでる人を目の前にして、今日の桜花さんのような対応を出来ただろうか?

隊長はという人間は伊達じゃない。


シンタ「これから覚えていきます」

それがシンタが出した現時点での最善の答えだった。


桜花「そっか。分かった。」

桜花はたばこを取り出し唇に挟む。

口からは煙が昇る。

桜花「じゃあ覚えていくでの最初の試練だ」


シンタ「試練?」


桜花「この女の人の娘。お前1人で助けろ」

吸ったたばこをシンタに指差すように向ける。

シンタ「俺1人で……」

困惑しつつも自分の手を見つめる。

少しの沈黙を置いた後に出た答えだった。

シンタ「やれる事はやってみます」


桜花「おうっ。行ってこい。」

シンタは桜花の返事を聞くと真っ直ぐに迷いなく駆け抜けた。

黄色の幕を越え、危険区域の中へと。


シンタが行くのを見届けた瞬間、桜花が翔弥を呼ぶ

桜花「翔弥」


翔弥「なんですか?」


桜花「私は今から、この女性と警察官を安全な所まで運ぶ。」

桜花「その間、もしシンタに何かあったらお前が助けろ。」

シンタと自分を2人きりにするという事。コイツは意味が分かっているのか?

俺が裏切れば一瞬でエデンへとさらうことも出来る。


翔弥「いいんですか……?俺、裏切るかもしれないですよ?」


桜花「大丈夫。お前は裏切らない。」

そう言いニコリと笑みを浮かべる。

その自信はどこから出てくるのかわからない。丁度昨日まで敵だった相手にそこまで信用を持てるのはある意味凄い。


翔弥「……分かりました。」

静かな返事を返した翔弥はシンタの後を追うようにその場を歩いてゆっくりと去っていく。


その様子を見た後、女性を抱え警察官と歩き出す桜花は耳元に手をかざす。

桜花「咲。ドームお願い」


咲「了解です。」

❮9番隊 オペレーター:三月 咲(20)❯

パソコンのカチャカチャという音と共に緑色の円形のドームが、黄色の幕いっぱいまで広がる。

咲「てか。大丈夫なんですか?」


桜花「何が?」


咲「いや、シンタ君」


桜花「まぁ、大丈夫だろ。”想定外”がなければな」


咲「スッゴいフラグに聞こえるんですけど……」


桜花の笑みと自信は一体どこから来るのだろうか?

彼女はいい加減なのか真面目なのかわからない。


暗い駅の中。広いホームに6mくらいの大きな顔を覗かせる

二つの眼球は驚くほど飛び出ており、体は溶けてドロドロ。

強烈な腐敗匂が漂うそこは正に異常の一言。


「おがががぁぁぁあざぁさぁんんん」

強烈な腐敗匂を少しでも和らげようと鼻と口を腕でふさぐ1人の隊員。


シンタ「俺が……。助ける……。」

桜花さんからもらった初の任務。

シンタ「絶対やり遂げる……。」


異形の怪物を目の前に1歩も引かないシンタ。

シンタ「ッ!!」

刀を抜いた。シンタの初陣が幕を開ける。

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