第37話 告白 #1
アイは【終焉の剣】に顎を置いて、足をぶらぶらさせながら、淡々と彼女自身の過去を語り終えた。
ランプの光が揺れ、アイの影がひときわ大きく震えた。
「だからボクは【勇者】になったというか……はじめから、勇者以外になれなかった」
「……それからは?」
「地上に出てからは弟を探した。でも魔族を倒して回るうちに、そっちで頭がいっぱいになっちゃった。奴らが人間を捕まえて食べてることを知ってからは、特にね。誰もボクの言うことを信じないし、【牧場】に連れて行っても、何も見えないよ、とか言うんだけど」
「――【認識せず、関与せず、否定しない】……」
ルナは、アイの弟の口から流れ出たというその一節を、呟くように
「そう。あの【呪文】は旅の中で死ぬほど聞いたよ。ボクが魔族の悪事を誰かに話すだろ? 相手は、それは大変だ、ってショックを受けたかと思うと、急に人形みたいな無表情になって【呪文】を唱えるんだ。恐いよマジで」
「……」
「それが終わればケロッとした顔で、何の話だっけ? なんて言うからね。ほんの数日前、目の前で母親を魔族に殺された女の子がだよ」
「……まさか、それって」
「そ。ミーシャ。ミーシャはすぐにお母さんが死んだ本当の理由を忘れちゃった。この世界に生きる人間は、みーんなあの【呪文】に【感染】してる」
「……」
「――ボクと……ルナを除いて」
――それは伝染性の精神操作とでも言うべき、高度な【魔法】だった。
認識を操るその魔法によって、アイの村は元から存在しなかったことになり、公的な記録からも消えたという。
今やその村はアイの記憶に残るだけとなった。
同じことが起こった村や人が、果たして世界にどれだけ存在するのか――想像もできない。
種族間の戦争が終わって長い年月が経っているにも関わらず、この世界で技術も社会制度もろくに発展していないのは、きっとそのせいだ。
誰もが人間と魔族の戦争は五百年前に終わったと思っている。
人間と魔族は、平和に共存していると思っている。
そう思わされている。
思考が弄られていることすら気付かずに、平和な世界を信じて暮らすのだ。
認識の改変は多くの場合、アイが子守唄に聞かされたように幼少期に親から伝えられるのだろう。
仮にその魔の手を逃れて育った人間も、どこかで誰かに【呪文】を聞かされるに違いない。
その【魔法】は、それ自体で無限に自己複製する特性を持っている。
仮に五百年前から人知れず感染が広まり続けていたとすれば――おそらくこの世界に、正気の人間は存在しない。
「ボクはたぶん、生まれつき精神系魔法に耐性がある。それが【勇者】の条件ってわけ」
「……」
「ボク以外の誰も、魔王を倒すなんて考えもしない。魔族との戦争はもう何百年も前で、ほとんど絶滅しかけていると思わされてる。まぁ実際のところ、色々な人に話を聞くと十年くらい前までは本当に被害はなかったみたいだね」
「十年……」
「だから【精神操作】も、最初は魔族が魔族自身の身を守ることが目的だったのかも。でも、じわじわと被害が増えてきてる。いまの魔族は動きが組織的なくせに素早くて、ボクの村の時みたいに、目撃者は徹底的に消そうとしやがる。仮に運良く生き残りがいても【呪文】で忘れちゃう、ってわけ」
「……」
「だから、ボクがやらなきゃいけないんだ」
と、アイは腰掛けていた机から降りる。
ランプの光を背にして、勇者はルナに笑いかけた。
「これ以外の生き方を知らないボクは――狂ってると思う?」
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