第20話 箱庭 #4
「はじめまして、ミーシャよ。父さんのレストランを手伝ってる」
ピアノを演奏していた金髪の女は、そう言ってルナたちに自己紹介した。
レストランの一角で、ルナとオシリス、そしてミーシャとアイの計四人がテーブルを囲んでいた。目の前には所狭しと料理が並んでいる。肉が多いのはアイの好みだそうだ。
「あたし、ルナ。それで、えっと、こっちは……」
と、オシリスを指し示す。
(あ……)
その一瞬で――ルナの脳はぐるぐると回転した。
名前を伝えて……いい、のかな? 魔族と人間は共存してるって言うし、こうして平和にテーブルを囲んでいるわけだし……。でも、だったらオシリスが角や翼を隠しているのは?
そして、ルナが出した結論は――
「オ……リース! そう、あたしのお手伝いさんのリースって言うの」
人間としてのオシリスの名前を、とっさにでっち上げることだった。
隣のオシリスから、魔王様、オシリスはオシリスです、と言いたげな視線が飛んでくる。ルナは眼だけで「いいから」と語り、その非難を沈黙させた。
「ルナちゃんと、リースさんね」ミーシャは微笑んで、「ルナちゃんは、アイちゃんのお友達?」と、二人を交互に見比べた。
「えっと……」
ルナは言葉に窮する。
だがアイは肉を頬張りながら、屈託なく頷いた。
「うん。会うのは久しぶりだけど、友達」
「……」
そうだね、と、口に出さずにルナは思う。
あたしも、友達だと思えるようになるかな。
――勇者と魔王という、役割を超えて。
聞けば、アイはミーシャの家に半年ほど居候していると言う。
ルナは、アイが一人で歩き去る後ろ姿を思いだした。あれからこちらの世界では一年が経過している。その間に、孤独な勇者は居場所を見つけることが出来たのかも知れない。
笠村も言っていたように、帰る家があることは、何ものにも代え難い素敵なことなのだ。
しばらく当たり障りのない会話が交わされた頃、不意にアイは、何故か我が事のように胸を張ってミーシャに語った。
「ルナは【魔法】が使えるんだ」
「魔法が!? すごい、千人にひとりじゃない!」
えっ、そうなんだ。初耳だよ。
「しかも、ボクの見立てでは【学院】卒業レベルだね」
「ええええっ!?」
アイはやっぱり何故かドヤ顔で語り、ミーシャはそれに心底驚いた様子で、目を見開いてルナを見る。
知らないところで上がっていく評価に、笑顔を貼り付けながらルナは内心冷や汗をかいていた。
千人に一人……学院って何……?
少なくとも、人間にとって【魔法】はそれなりのレアスキルだったらしい。隠してた方がよかったかな。いや、でも、あの時は仕方なかったし……。
自問自答するルナをよそに、今度はオシリスが胸を張り、上機嫌で会話に参加する。
「当然です。ルナ様は我らの頂点、魔――」
「あーーっ!」
ルナは慌てて、オシリスの口に骨付き肉を突っ込んで言葉を遮る。
「そう! そうなの! あたしがチョウ……シに乗っちゃうから、そのくらいで!」
「ルナちゃんは謙虚なんだねぇ」と、ミーシャが神妙に頷いた。
口の中の肉をもがもがやっていたオシリスは味が気に入ったらしく、眼をキラーンと輝かせると、そのまま料理に夢中になった。
――やれやれ、心臓に悪い。
◆
そこであたしがミーシャとアイから聞いたこの世界の【魔法】事情は、こんな具合だ。
はるかな昔、そもそも【魔法】とは魔族が使うものだった。
それが、長い長い魔族と人間の戦争の間に、極稀に、人間でありながら【魔法】の素養を持つ者が生まれ始める。
戦争が終わって五百年が経過した現在、その比率はおよそ――千人にひとり。
そして、素養を持つ人間が【学院】に集められ、そこで魔法を学ぶのだと言う。
その【魔法学院】には、卒業年数の規定がない。
何年も――ときには何十年も修行を積んで、大多数が卒業できずに脱落するなか、卒業できた人間は魔法使いと呼ばれる。
一年前にルナが瓦礫を粉砕して見せた攻撃は、アイによれば、学院を卒業して何十年も修業を続けたベテランの域に達しているとかいないとか。
(ハデス、このへんの【人間側】から見た話はぜんぜん教えてくれなかったなぁ……)
◆
魔法の話が一段落すると、ミーシャは、ルナの素性に興味を持ち始めたようだった。
「ルナちゃんはどうしてこの街に?」
「えっと……」
――魔王討伐の旅を止めるためアイを探してた、とは、正直に言えない。
ルナは横目でアイを盗み見る。勇者はオシリスと肉を奪い合っていた。
……こうして居場所を見つけられたアイは、もう魔王を倒すという目標に興味がなくなっている可能性だってある。現にこれまでの会話で、アイは「勇者としての意識」や「悪に対する敵意」を、そして魔族に向ける冷酷な表情を、少しも見せていない。
勇者アイにとって【魔王討伐】は、もう、終わったことなのだろうか。
(――でも)
でも……そうじゃない、かも知れない。
アイの腰には、未だ剣が下げられているからだ。
【剣】という概念は【力】そのものであると、ハデスは語った。勇者は未だ力を手放していない。下手に【魔族】の話を持ち出す危険を思い、ルナの口から出てきたのは――
「その……お父……様が、あたしは箱入りすぎるから、世間を見てきなさいって……。それで……リースと一緒に、ちょっと旅を、ね」
と、いう内容だった。
ルナは今、イイトコロのお嬢様ということになってる。そこから超が九個は付くお嬢様である友人である
「へぇ……。アイちゃんも初めてここに来た時、人助けの旅をしてるんだ、って言ってたなぁ」
ミーシャの返答に、ルナは少し言葉に詰まる。あまり、アイに【魔族】を想起させる話題にならないようにしなければ。
当のアイは、オシリスから奪い取った肉をもぐもぐやりながら、何やら考え込んでいる。
「箱入り、かぁ……」と、アイ。
ルナは、ドキドキしながらアイの次の言葉を待った。
「――うーん、納得!」
さっぱりとした表情で放たれたアイの反応に、ルナはホッと胸をなでおろす。
アイはうんうんと頷きながら続けた。
「箱入りってわけじゃないけど、ボクも変な育ち方して世間知らずだったんだよね。でも、旅をしていろんな人に出会って……だんだん、世界のことがわかってきたんだ。だから、ルナも旅するのはいいと思うよ」
「そ、そうだよね! 旅っていいよね!」
と、調子を合わせる。
……うん。結果的に、この異世界のことをよく知らなくても不自然がない設定になったようだ。ナイスアドリブ、とルナは自分を褒めてやる。
「あれだけ魔法が使えるのに【学院】のことも知らないし。去年ボクと初めて会ったときなんか、こーんなカバン一杯にお金を詰めてさ。店員にカバンごと叩きつけて『釣りは要らねぇ!』とか言って」
「うっそお、そんなことが?」とミーシャが食いつく。
「言ってない言ってない」
ルナの突っ込みをスルーして、アイは身振り手振りで去年の大立ち回りを話し始めた。懐かしさを交えて語られる出来事は、ルナにとってほんの一週間前の話に過ぎない。
同じ過去を異なる距離で振り返っていると、アイとの間に、見えない壁があるような気がした。
(ううん、アイとの間、というよりも……)
世界にとってルナだけが――【壁】の外から箱庭を覗き込んでいる、異物なのだ。
◆
ミーシャの父親が経営するレストランは、彼らの自宅も兼ねていた。
昔は小さな宿屋を営んでいたこともあるらしく、建物はルナの想像以上に広い。二階には計十部屋ほど個室があり、アイは、そのうち一部屋に住まわせてもらっているという。
「部屋は開いてるし、お二人とも、しばらくウチに泊まっていかない?」
ルナには、そのミーシャの誘いを断る理由がなかった。
今回は異世界に長期滞在するつもりで【召喚】されているし、長期滞在の目的である「【勇者】に【魔王】討伐を諦めさせる」という計画を遂行するにあたっても、アイとひとつ屋根の下で暮らすことは、願ってもない好条件であった。
――そんな【計画】など、忘れてしまうくらいに。
アイとミーシャとの生活は、ルナにとってこれ以上なく楽しい日々となった。
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