捨て子×それでも
道すがら考える。
復讐の計画ってなんだろうか。俺がするとしたら……まぁ適当にぶん殴っておしまいだろうが、まぁ普通はなかなか難しいだろう。
……少し汚れが目立つと思っていたが、雑な回し読みや床に落ちたりした跡というだけではなく、土のようなものが微かに付いている。それも一ページだけではなく、多くのページでだ。
普段から土の付いた手で触っていたのか? ……家でも学校でも居場所がないということを考えると、もしかしたら室内ではない場所で書いていたのかもしれない。
俺は……こんなものを持ってどうしたいのだろうか。いつかは初に捨てられると思っているくせに、そのいつかが来るまで命を投げ捨てようとしている。捨てられたくないと足掻いているけれど、それもフリでしかない。足掻いても無駄と思っているくせに「俺は頑張った」という言い訳を作ろうとしているだけだ。
……これを書いていた場所は分かった。微かな汚れは土が風で巻き上げられているからだ。だとすれば、地面は草でもコンクリートやアスファルトでもない土で、なおかつ人の目から隠れられる場所となるとかなり限られている。
けど、見つけたところで意味があるものではないだろう。
玄関から外に出て南棟に歩く中で、予想を付けた場所に目を向けると何かが掘り返されたような跡が見える。
すぐそこなので見てみるが、特に何も残っていなかった。……多分何かをしようとして地面に埋めていたが他の人にバレたとかそんなところだろう。
これ以上どうこう寄り道して、二人と会うことから逃げるのもまずいので本を地面に置いてから南棟を登る。
案の定鳥が襲ってくるが、二階なら一瞬で登りきれるので、適当にあしらって窓を蹴り割って中に入る。
「……さて、多分この時間で間違いないはずだ」
とりあえず窓の外にドラゴンがいないことを確認してからアイツらがいるだろう北棟の一階に向かう。
北棟一階の窓が割れているのを見てこの時間で間違いないことを確認していると、近くの教室の扉からひょっこりと新子が顔を出す。
「あ! ヨクくん! よかった! 無事だったんだね!」
ぱたぱたと新子が駆け寄ってきて、安堵と喜びを混ぜたような笑みを俺に向けた。
「……すみません」
俺がそう謝ると、割れた窓から吹き込んできた風を遮るように新子が動き、それからその小さな手を俺の手に触れさせる。
「……なんで謝るの?」
「……龍に負けました。俺一人ならどうにでもなるから囮になるとか言っておいて、逃げることも困難で負けました」
非難の言葉を待って俯いていると、新子の手が俺の頬に触れる。
「怪我は治ったみたいだけど、ボロボロだ。さっきさ、星野くんと二人で購買のパンとかお菓子をもらってきたから、それ食べよ。ほら、この時間帯だと廃校になる前だからそういうのもあるみたいで」
「……はい。すみません」
「……大丈夫?」
不思議そうな、心配そうな声色。新子の手は俺をペタペタと触り、それからもう一度同じ言葉を発する。
「大丈夫? 痛いところあるの?」
「……いえ、平気です」
「……ヨクくん、本当にどうしたの? 顔、青いよ」
新子は俺の手を引いて教室の中に入る。それから俺を座らせてジッと顔を覗き込む。
「……何かあった?」
「大丈夫です」
「……怪我してるの?」
「治ってます。それより……星野は?」
「星野くんはトイレだよ。安全を確保してから私だけ離れたから危険はないよ」
「そうですか」
俺が頷くと、やはり新子は心配そうに俺を見る。
「……ヨクくん、ヨクくんはなんで落ち込んでるの? ……隠さないで教えて」
新子は心配そうに俺に言う。
「……ドラゴンに勝てなかったからです」
「……私、不死身な上に結構ベテランの探索者だけどあの咆哮を聞いただけで硬直しちゃったよ。多分、そういう精神攻撃的な付与効果があるもので……動けてたの、ヨクくんだけだったし、ヨクくんが逃がしてくれたから私も星野くんも無事なんだよ。誇ることはあっても、恥じるようなことは何もないと思う」
俺は新子の言葉を聞いて頭を下げる。
「……すみません」
「……私、分かんないよ。落ち込んでる理由が、だって大活躍だったわけで」
「……俺は……強くないと価値がないので」
俺の口から漏れ出た言葉を聞いた新子はパチパチと驚いた表情で瞬きをする。
「……それ、誰かに言われたの?」
「いえ」
「ヨクくん、無茶をしがちって思ってたけど……ずっとそんなことを考えてたの?」
新子の手が俺の手を引く。真剣な、同情するような視線が俺の方を見つめて逃さない。
「あるよ。ヨクくんは大切だよ。……無理しなくても、価値はあるよ」
新子の言葉が耳に入るが頭には入らずに通り抜けていく。
「……はい」
「……引き返そうか。予想外のことがあったわけだし、情報の精度も怪しくなってたわけだしさ」
俺が一瞬立ち上がろうとすると、新子の手が俺を軽く抑える。
「……ヨクくんは少し不安定なところがあるから心配だよ」
「そんなこと……」
ないとは言えなかった。けれども目的を果たすことも出来ずに帰ることなど出来るはずもない。
俺が頷くことも首を横に振ることも出来ずにいると、新子は座っていた椅子を動かして俺の隣に来る。
「……ヨクくんって、人が苦手?」
新子の指摘に、心臓が大きく鳴る。ドクリドクリと強く鳴ったあと、トトトトトと早く波打っていく。上手く答えることが出来ずにいると、新子は「いいよ」と口にする。
「それでいいよ。少しずつ慣れていこうよ。……なんで苦手とか、何が苦手とかある? 気をつけておいた方がいいこととか」
「……なんで……ですか。……自分のことはよく分からないです。そもそも陰気なだけか、それとも人から嫌われていたからか……両親に捨てられたからかもしれません」
新子は「捨てられた?」と首を傾げる。
「……そもそも親父は血縁がないので捨てたとかは適切な表現じゃないかもしれません。……母は、いつのまにか、居なくなってました」
「いつのまにかって……」
「昔から数日いなくなるとか、そんなに珍しくなかったんです。少しずつ、少しずつ帰ってくる頻度が減って、いつのまにか帰ってこなくなった。……俺がいて、面倒だったんだと思います。俺がいなければ再婚出来たと、よく愚痴を言っていましたし、多分今頃誰かと結婚しているのかと。……所在不明なので分かりませんけど」
無駄に自分のことを話しすぎた。そう思っていると、新子の頭が俺の腕にもたれかかる。
「そっか。……だから、初ちゃんにも、いつかフラれるって思ってるんだ。……ヨクくんのそれは根深そうだ。私が「一緒にいるよ」って言っても信用出来ないんだよね」
「新子さんには本来の仲間がいるでしょう」
俺がそういうと新子は俺にもたれかかった体勢のままギュッと俺を抱きしめる。
「うん。でも、言うよ。ヨクくんを一人にしないよ。私は一緒にいるから、だから平気だよ。無理しなくても、強くなくても……信じられなくても、うん」
そんな約束は守れないだろう。俺は少し冷めてそれを聞く。……心配、しすぎだろう。
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