合格×有給

 数周先にいた土田は俺達よりも先に走り終えて次の場所に向かって行く。それからしばらく走ってから、走りすぎて死にそうになっている東を連れて最後の一周に向かう。


「時間は……予定通りだな。最後は疲労が溜まらないように少しずつペースを落としながら歩いてゴールだな」


 俺が声をかけるが東は既に死に体でフラフラと付いてくるだけだ。これはこれからの試験で合格は厳しそうだな……。


 俺も背中の大荷物もあってもうかなり疲労しているが、東は試験どころか「今から家に帰れるのか?」と心配になるほどだ。


 それと……今になって先程注目していたふたりとは違う人物が少し気になり始めた。


「あー、ほとんど時間ぴったりだね。やるね」


 俺のすぐ後ろで、俺をペースメーカー兼風除けに使っていた男がへらへらと笑って俺に声をかける。

 目立つような行為はひとつもしていない。していないが……おそらく試験を受けているものの中で一番、体力の消耗が少ない。


 ペースこそ俺や東と同一だが、完全に考えることを放棄して俺の大荷物を風除けに使ったことでかなり楽をしている。

 ペースが速かったり乱れているやつはもちろん、時間をいっぱいに使ったやつも時間とペースの配分を考えることでの疲労はあるのに、コイツは完全にそれがない。


 元々の体力はそこそこ程度なのか、余裕という雰囲気ではないが……と考えていると、ゴールの位置で試験官の大男が俺達を待ち構えていた。


「……制限時間の20秒前……か。評価に関係ないからとペースを落とすやつは多いが、最後に歩くほどナメた態度の受験生は珍しいな」

「いや、本気で挑んでるからこうしているんですよ。絶対に今日受からないと困るので」

「絶対……ね」

「はい」


 なんたって、今日受からないと若干ダサいからな。主に新子が「健康だったら受かるレベル」と適当なことを言ったせいで。

 初に「いや、初めてで受かる人は3%なんだよ」と説明するのも、それはそれで言い訳臭くてダサい。


 俺は初とイチャイチャするためには絶対受からなければならないんだ……!


 そう考えていると、大男は「はあー」と大きく息を吐いて、眉を顰めた目で俺を見る。


「分かった。お前は合格だ」

「……いや、まだ他の試験を受けてませんけど」

「そんだけの大荷物持って15kmも走れるんだったら無条件で合格でいい。目安は決められているが俺の裁量で合格と不合格を決めていいってなってるしな。嘘は吐かねえから安心しろ」


 俺が少し呆気に取られていると、東は俺の肩をぽんぽんと叩いて汗まみれの顔でグッと親指を立てる。


「それは……ありがとうございます」

「まぁ一次試験の話だから二次試験は別……とは言っても、魔物を前にパニックにならないかを見るだけの試験だからお前なら落ちることはないだろう。が、その代わりと言ってはなんだが、次の試験から本気を出せ、この試験は合格不合格だけじゃなくてどの程度出来るのかを把握するのも意義だ。分かったな、合格は確約する、だが本気でやれ」


 合格の代わりに実力を見せろ……ね。まぁ俺にとってはさほど都合の悪い話ではない。


 一般的には競争相手にはあまり自分の手の内を晒したくないかもしれないが、俺としては初に協力するために探索者になりたいだけなので東京の人がいないダンジョン以外に潜る予定がないので問題ない。


「はい。まぁ、元々一番評価が良くなるようにしようとはしていましたし」

「ああ、あと、その荷物はもう下ろしていい」

「あ、助かります。結構疲れたので」


 試験官の男はそれだけ言ってから自分の所定の位置に戻っていき、俺の隣を並走していた男は「おめっとさん」と俺の肩を叩いて先に歩いていった。


 二次試験は魔物にビビらなければ合格……とのことなので既に魔物と戦って倒している俺からしたらあまり気にせずとも大丈夫だろう。

 実質的に一発合格出来たことに安心していると、東は息を切らせながら弱々しく手をパチパチと叩く。


「わわ、やっぱり西郷さんはすごいです。最初あんな態度だった試験官の人がわざわざ先んじて合格を言いに来るなんて」

「まぁこれで肩の荷が降りましたよ。二つの意味で」

「す、すみません。ご迷惑をおかけして」

「いや、これはこれで早めに安心出来て運が良かったです。まぁ、競技に参加しているとき以外は俺が背負っておきますね。東さんフラフラですし」

「あ、ありがとうございます。助かります」


 初に連絡しようか。いや、でも万が一があって落ちたときに恥をかくよな。

 そう考えながら次の場所に行こうとすると、東が再び口を開く。


「え、えっと……その、西郷さん、SNSとかやってますか?」

「えっ、ああ、ふたつ最近始めましたね」


 初とふたりで使っているメッセージアプリとミナに言われるがまま入れたけど使っていない短歌専用SNSのウタッターのふたつだ。


「あ、えっとウタッターやってますか? その、嫌でなければ友達に……」


 ウタッターもしかしてマジで流行っているのか……?


「ほとんど投稿してないですけど、それで良ければいいですよ」

「ほ、ほんとですか? お願いします。その……せっかく一緒の試験を受けたんですし……探索者見習いの仲間として、情報交換とか」


 東は言い訳のような言葉を並べてから俺が背負っている鞄からスマホを取り出してウタッターを開く。


 二人でお互いのIDを交換して友達登録すると、東は照れたような笑みを浮かべて「えへへ」と口にしてすぐにスマホを鞄に戻す。


「あ、西郷さん、その…….ウザかったら言ってくださいね? その、西郷さんからしたら結構歳上ですし……」

「いや、そんな風に思っている人の荷物を担いでやるほどお人好しじゃないですよ。あ、そろそろ行かないと怒られそうですし行きますか」


 最初の持久走で脱落したのは一割にも満たない人数。俺みたいに試験内容もほとんど知らずにきた奴が少なく、ある程度下調べをした上で受けに来ているのだろうし、結構な距離ではあったがほとんど脱落していないのは当然か。


 次は単純な100m走……と思って目を向けると、丁度土田が終わったタイミングらしく、その速さに周りが少し騒いでいるのが聞こえる。


「わ、さっきの子……あんな格好なのに13秒代だって……」

「めちゃくちゃな体力してるな……」


 というか、もうちょっとまともな格好をしていたらオリンピックの代表を目指せるのではないだろうか。


「ああ……自信なくなっちゃった……」

「あの距離の持久走走れただけでかなり凄いとは思いますけどね。というか、俺もあんなに速く走れませんよ」

「えっ、西郷くんなのに?」

「普通に無理です。体力はありますけど、短距離走はもう少し遅いぐらいですよ」

「それでも速いと思うけど」


 それにしてもやはりアイツは他の奴から頭が一つ二つ抜けている。友達と言っていた二人の方はついていけているかどうか微妙なところだが……。


 そう考えていると、東は深くため息を吐く。


「どうしよ……もう走れる気がしないよ」

「まぁ、毎日受けられるんですし、今回もし上手く行かなくても次回の予習と考えたらいいんじゃないですか?」

「でも……次回なんてあるかな。もう有給を全部使っちゃったんだよ」

「早いですね。土曜日は?」

「土曜日ってめちゃくちゃ疲れているので一日中寝てるんですよね」


 そんなの知らねえよ……。というか転職したいなら残しとけよ有給。

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