第二章:練武の迷宮【試練の洞穴】の攻略

家探し×師匠

「えっ、賃貸ないんですか?」


 日用品を購入し終えた物陰で人造迷宮の中に荷物を放り込んだあと、不動産屋に三人で訪ねると「当然だろ……」みたいな呆れた表情で見られる。


「あー、えっと、今日は保護者が来ていませんけど、契約する時には来ますよ?」

「いや、そうじゃなくて、東京に賃貸なんて貸してる大家がいないんだよ。借りる人なんかいないから、手数料かかるだけだしね」


 言われてみれば当然な気もする……金自体は俺のものではないが初の持つ遺産もあるし、新子の貯蓄もすごい額があるらしいが、借りる家がないというのはどうしようもない問題だ。


 どうしようかと考えて、新子の方に目を向ける。


「あー、別の不動産屋行ってみます?」

「んん……いや、ここってかなり手広くやってるところだし、探し回って見つけても、学校からかなり遠かったりしたら二人とも通えないだろうからなぁ。東京って一言で言ってもかなり広いし。……売り物件はないんですか?」


 新子が不動産屋にそう尋ねると、不動産屋は少し不思議そうな表情を浮かべる。子供連れの三人で一番幼い子に俺が意見を求めたからだろう。


「あ、あー、それはあるんですけど……電気ガス水道みたいなライフラインがね……。工事をするのにも場所が場所なので結構お金がかかりますし……オススメは出来ませんよ?」

「んー、今も人が住んでるアパートとかマンションないんですか?」

「そんなところあったかなぁ? 東京に住みたいなんて人いないからなぁ……」


 新子の問いに不動産屋は困ったように頭をかいてパソコンを操作していく。それから不意に考えが頭に浮かび、スマホをポケットから取り出す。


「あれ、ヨクくんどうしたの?」

「あ、アパート住みの人がいたことを思い出しました」


 俺が敬語で話すと新子は困ったような表情をする。いや、雰囲気が歳上っぽくてタメ口は使いにくいんだよ……。


 と思いながら時間を確認してから席を立って電話をかける。


 数秒のコール音の後に焦った声色の男の声が聞こえる。


『っ……西郷!? ぶ、無事か? け、怪我は!? 妹も……』

「ああ、すみません兵頭先生、連絡が遅れて。二人ともかすり傷程度ですし、病院で検査も受けましたが大丈夫です。……家は燃えましたが」

『ああ……悪い、取り乱して、その、一応ウドウからは聞いてはいたんだが……』

「いえ、ありがとうございます」


 電話越しの兵頭は余程安心したのか深く深く息を吐き出して、おそらく地面に座り込んだ音が聞こえる。


『……よかった。いや、良くないが……無事で、安心した。困ったことがあったら何でも言えよ? 本当に遠慮なんていらないからな?』


 出会ったばかりの生徒にここまで言うとは……本当にいい人なのだろうと思いながら口を開く。


「あー、その、早速で悪いんですけど……先生ってアパート住みでしたよね?」

『えっ、ああ、そうだぞ。どうかしたのか?』

「不動産屋に東京では借りられる家がないって言われまして、火災保険の保険金は出ますけど、家を建てたり改装したりするのは土地的に難しいので……」

『ああ、もう部屋探ししてんのか。……あー、保護者の人はなんて?』

「もう俺は大人だから大丈夫だろうと一任してくれています」

『あー、分かった。大家を紹介する分にはもちろん大丈夫だ。ちょっと今から車を飛ばしてそっちまで行くから、直接会いに行こう』


 今からという言葉を聞いて横目で時計を見る。今は17:30ぐらいというすでに少し暗くなってきている時間で……今からここまでは車で2時間はかあるだろう。


「えっ、いや、夜遅くなりますよ」

『知り合いだから大丈夫だ。そんなことで怒ったりするようなやつじゃないしな』

「いや……流石に合流してから家を訪ねるってなると8時は超えますし、それから賃貸契約とかの話をして帰ったら早くても明日になるんじゃ……」

『大丈夫だ』

「いや……今日は日曜で明日仕事ですよね? 何時間も運転しっぱなしの後に少し寝てすぐに仕事っていうのは……」


 全然大丈夫じゃないだろうと俺が考えていると車のエンジンがかかる音が聞こえる。マジか、マジで今からすぐに来るつもりなのか!?


『とりあえずそっちに向かうから、集合場所とか決めといてくれ』

「えっ、い、いや、本当に電話を取り繋いでくれるだけでいいですよ」

『家のことも大切だが、まずは生徒の無事を確認したいから賃貸がどうのとかはなくてもとりあえず会いに行くぞ。家はまた後日でもいい』


 いや、生徒って……普通は教師なんてそこまでするようなものじゃないだろう。そもそも俺から電話をかけておいて言うのもおかしいが、思いっきり勤務時間外である。


『じゃあ、とりあえずそっちに向かうからな』


 とだけ兵頭先生は言って電話を切る。


 初は焦った俺を見て珍しそうな顔を浮かべた。


「どうしたんです? 兄さん」

「いや……その、借りられる家は見つかりそうなんだけど……兵頭先生が今からこっちにくるって」

「……へ? 今ってもう夕方ですよ?」


 驚く初を見て「まぁそりゃそんな反応になるよな」と、頷く。

 家のこと自体は早く済ませたかったのだからかなり助かるが……。


 そう思っていると新子は不動産屋にお礼を言ったから立ち上がる。


「とりあえず、基本そこで決まりかな? 学校の先生が紹介してくれるなら変なところじゃないだろうしね。あー、でも、ふたりからしたら先生のすぐ近くは気まずいかな」

「私は平気ですよ? 特に変なこととかしませんし」

「俺は……まぁもう一回燃やされたら困るって思うが」

「私がいたらそうそう手出しはしてこないよ。これでも探索者の間だと名が知れ渡ってるんだよ」

「名前あるんですか?」

「名乗ってはないけど、勝手に色々と呼ばれるね」


 あだ名みたいなものか。

 というか、探索者なのか……。小さな身体と短いスカートから伸びる細い脚を見て違和感を覚えるが、この見た目だとマトモに働けないから当然と言えば当然だろう。


 三人で不動産屋から出つつ、一度新子のとった宿に向かう。


「……新子さん、会ったばかりで不躾なんですけど」

「タメ口でいいって、これから先生と会うのに妹設定で敬語は不自然でしょ」

「ああ……新子、かなり強い探索者なんだよな?」

「うん。殺し合いならどんな生き物にも負けないよ。不老不死だし。それがなくても、日本だと五本の指には入るかな」


 小さな身体でそれはとてもすごいのか、それとも200年かけてそれは微妙なのかは分からないが、どちらにせよ頼りになる人物なのは分かった。


 思っていたよりも豪華なホテルの外観に俺と初の二人が少し驚いていると、袖をちょんと摘まれて引っ張られて中に入る。


 外観以上に浮世離れした高級そうなホテルの中に入るとホテルマンがやってくるが新子は必要ないと告げてエレベーターに乗り込む。


「それで、どうしたの?」

「あ、悪い……思ったよりも高そうなところでびびってた」


 これ絶対、一泊で昔の俺の生活費の半年分はあるな……と思い微妙な気持ちになりながら、新子の取った部屋に入る。

 それからゆっくりと新子の顔を見て、意を決して口を開く。


「探索者の戦い方を教えてくれませんか。既に父の死が知れ渡って、より多くの敵が初に向かってくる……だから、お願いします」


 新子は俺が何を言うのかを事前に見透かしていたように、何ひとつとして驚く様子を見せずに部屋の中を歩いてソファに腰掛ける。


「……性急だね。聞いた話、最近知り合ったばかりなんでしょ? ……戦いに身を投じる理由としては、いささか……軽すぎはしないかな」


 新子の言葉を俺はすぐさま否定する。


「初は、俺にとって何よりも大切なものです」


 その言葉も予定調和だったように新子はすぐに言葉を返す。


「さっき、ふたりで嬉しそうにビー玉を買ってたよね。きっと、大切な思い出が二人の中にあるんだろう。分かるよ、分かる。でも、ビー玉はしょせんビー玉だし、知り合ったばかりの人は知り合ったばかりの人だ」


 俺が新子をジッと見つめると、彼女は俺から目を逸らして話を続ける。


「恋に浮かされる若人を、笑うつもりはないけどさ。……後悔するよ?」

「今までの人生で、後悔をしたことがありません」


 新子は「ふーん」と口にする。


「でも、それはこれからの保証にはならないよ」

「今まで、正しいと思う選択しかしませんでした。なので、後悔したいと思います。自分の利益にならないことをして、後悔しようと思います」


 俺と新子は見つめ合い、それから新子は表情を崩して笑みを浮かべる。


「……そう決意してるなら、おばあちゃんも協力してあげようか。でも、普通の探索者と違って二人パーティだから相当キツイと思うよ? いくら私が強くてもね」

「はい。覚悟の上です」


 俺が言うと新子は頷く。どうやら、師匠になってくれるようだ。

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