構わない×妹力

 バイクの音やライトで発見されやすくなることを恐れてエンジンを切ってもらい、暗い道を転けないようにゆっくりと歩く。


「まず、巻き込んで悪かった。かなり厄介なことで……まぁ、今帰ったらミナや父母にも被害がいくかもしれないからこのままついて来てくれ」

「おー、まぁ……恩返しはしたかったから構わないぞ」


 いや、構えよ……何の説明もなく巻き込んで事後承諾だぞ。普通は怒って然るべきだ。

 だが、まぁウドのその態度は非常にありがたいので何かを言うことをせずに頷く。


「……まず……初の父親が迷宮の研究をしていたのは知ってるだろ」

「西郷の父親?」

「ああ、どうかしたのか? 改めて尋ねるようなことじゃないと思うが」

「いや、変な言い方だと思ってな。普通なら父親のことを「妹の父親」なんて表現しないだろ」


 変なところで勘がいいな。街灯のない夜の中、初の方に目を向けると暗くて表情は分かりにくいが頷いたのが見えた。


「俺とは血の繋がりがないんだよ。ほぼ面識もなかった。親父とも初とも」

「えっ、二人暮らししてるのにか?」

「まぁ、そこは本題と外れるから流してくれ。……親父の研究成果を力づくで奪おうとしてきている奴がいて、それが今襲ってきてたやつだ」

「いや……それは構わないんだが、血が繋がってないのに二人で暮らしてるのか?」


 いや、そこは構えよ。そして血が繋がっていない妹とのことは流せ。

 ウドは衝撃を受けたような表情で俺を見る。


「……てっきり、一人で都会の高校に通っていたけど妹が心配で戻ってきたシスコンかと……」

「お前と一緒にするな。俺はシスコンではない」

「いえ……兄さんはかなりアレかと……」


 やめんだ初、匂わせをするんじゃない。


「いいよな妹って。分かるぞ、ヨク」

「……いや、あの、俺、今すげえ真剣な話をしようとしてたんだけど」

「俺も真剣だが?」

「そうか。タチが悪いな」


 深くため息を吐くと、初が俺の服をちょんちょんと摘んで引っ張る。


「……あの、模倣の廃廊に連れていきますか?」


 小声でウドに聞こえないように話した初を見て少し意外に思う。


「……いいのか?」

「……よくはないですけど。巻き込んだのだから仕方ないかと。明後日の朝まで逃げるのって現実的ではないですよね」

「まぁ、都会の方に移動出来たらいいが……流石にノーヘル三ケツで荒れた道を夜に走るのは危なすぎるか」

「というか、怪しい人ふたりを入れることになってるんですから、一応は顔見知りの人が入るのはまだマシかと」

「たしかに。……いや、そうなんだけど、たしかに俺は怪しいんだけど……ハッキリ言われると傷つく」


 好きな女の子には信頼されたい……。というか、そりゃ俺よりもずっと前からの知り合いとは言えどもウドに信頼で負けているのは悲しい。


「拗ねないでくださいよ。私が好きなのは兄さんだけですよ」

「……お初さん、その、いや……あの、ウドの前なんですけど」


 俺が初の言葉に思わず表情を固めていると、初はこくりと頷く。


「一緒に住んでいて、同じ学校に通っているんですよ。元より関係を隠し通せるものではないでしょう」

「いや、それはそうかもしれないけどな……」


 思わずウドの方に目を向けると、ウドは俺を見てゆっくりと頷いていた。


「……ヨク、お前……ミナにも手を出す、実妹にも手を出す……妹なら何でもいいのか!?」

「ミナはお前の妹であって俺の妹じゃないからいいだろ。いや、そもそも手を出してないしな」

「世の中のお兄ちゃんみんなが思っている「妹と良い仲になりたい」という願い……そこはいい。でもな、妹二股はダメだろ!」

「妹二股ってなんだ。やめろ。少なくともミナの方は責められるものじゃないだろ。いや、何もしてないけど」

「いえ、兄さん。ミナミちゃんに手を出すのは普通に年齢的なもので責められると思いますよ」


 ……それはそうだな。いや、それを言うなら中二の妹に手を出しているのもなかなかアレだが。

 とにかく、とため息を吐いてから初を見る。


「あそこに入れるなら早い方がいいだろ。見つかる可能性も上がるし、体も冷える」

「あ、はい。そうですね」


 初は俺の言葉に頷き、片手で俺の手を握りながらスマホを操作する。


「兄さんは狩屋さんを持っていてくださいね」

「ん、ああ」


 言われた通りにウドを掴むと初は、トンッとスマホをタップしてURLを開く。瞬間、酔うような妙な感覚と共に一瞬の浮遊感を覚え、真っ暗な別の場所に立っていた。


 初が慣れた様子でパチリと照明を付けて廊下を照らすと狩屋は廊下と俺の方を交互に見て、驚愕の表情を浮かべる。


「なっ、こ、ここは……。一体何が……」

「人造の迷宮だ。初の父親が作った場所で、危険はない」

「ならいいか……。ところで、妹の話なんだが」

「良くないだろ。ちゃんとこの場所について質問しろ。あと、妹はもういいだろ」

「いや……今は妹談義の方が先決じゃないか?」


 どういう発想だ……?


「そもそもな、ウド、俺はシスコンじゃない」

「えっ」


 ウドと初が驚いた表情を俺に向ける。


「いや、初……戸籍上は妹ってだけで、実際のところ最近会ったばかりで妹って思う方がおかしいだろ」

「……そうか? 俺はミナが産まれたときからお兄ちゃんで、ミナは妹だったが」

「血縁関係もあるし、ミナも産まれたばかりなんだから、血縁関係がなくて育ちきっている初と比べ物にならないだろ」

「いや、ヨク……妹ってのは、そういうものじゃねえんじゃねえかな?」

「そういうものだろ」


 ウドは自分の胸をトントンと握り拳で叩き、ニヤリと笑みを浮かべる。


「妹ってのは、俺たちの心の中にこそあるんじゃねえかな? ハートが妹って認めたら妹、それが正解……だろ?」

「違うと思うぞ」


 あと、仮にその理屈が正しかったとしても心の中では初を妹とは思ってないしな……。同居することになった美少女という認識である。


「まぁでも、妹っていいと思うだろ? ヨクも」


 ウドの言葉を聞いて初の方を見る。

 目が合うと少し不思議そうな表情でこてりと愛らしい顔を傾けて「どうかしましたか? 兄さん」と薄桃の唇から少女らしい声が紡ぎ出される。


 たしかに「兄さん」「兄さん」と初に呼ばれているのは……なんか心の中に今までの人生で感じられなかったような高揚が芽生えてきた。


 俺が不思議な感覚に陥っていると、ウドは深く頷く。


「ヨク、お前にも感じられたか。そう、それがこの宇宙に満ちる強大な力……妹力というものだ」

「妹……力……。これが……」

「そう。妹のためなら何でもしたくなる兄が持つ力……妹力。お前にも目覚めたようだな」


 ごくり、と俺がツバを飲み込むと、初がジッと俺の方を見ていたことに気がつく。


「兄さん、何か気持ち悪いです」


 ……ウドが語っていたのに俺が気持ち悪い扱いされるのは理不尽では……?

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